空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

エイリアン視点

最近の私は、この世的な見方をすることがどんどん難しくなってきているようで、まるでエイリアンのような視点で地球人や地球の様子を観察している感じがします笑
すると、地球人がいかに制限・制約という窮屈な中で生きているかが分かってきます。自分に合わない型の中に無理矢理自分を押し込んで、我慢して生きて、尚且つそれを美化している人の何と多いことか!と。
この“エイリアン視点”で日常や世の中を見るっていうの、非常にオススメです。
私はこれを始めてから(自然にそうなっていったのですが)、自分の中に何か新たな可能性というか希望というかワクワクするエネルギーを感じられるようになってきました。
「何でこれを当たり前と思ってきたんだろう?てかこれを素直に受け入れちゃう人たちの方がおかしいんじゃない?」なんて思うことしばしばです笑
エイリアン視点での地球人観察、ホント面白いです(。≖ิ‿≖ิ)ウシシ (BOSSの人みたいw)
これまでずっと地球上で、日本で疑う余地のないくらい当たり前とされてきた考え、文化、風習といったものを一度全部自分の中から出して、地球に初めて降り立ったエイリアンのような気持ちになって「何でこれが当たり前なんだろう?常識なんだろう?」と疑ってみることです。

・・・で、死ということに関しても、エイリアン視点が強くなってきているようで、これまで以上に死ぬことより生きることの方がずっと大変で苦しいことなんだっていう気持ちが強くなりました。と言っても、親しい人やペットがいなくなって悲しい、辛いという気持ちがなくなったわけではないんです。悲しくて泣くことだってあります。ただ、“視点”が明らかに変わったということです。
たとえば、一般的に地球では赤ちゃんが誕生すると、それは非常におめでたいことで祝福ムード一色という感じですが、エイリアン視点だと全く違った感想を持つことになります。今日から制限ある不自由な地球での人生がスタートすることになるわけで、「あぁ、よく勇気を持ってここに来たね。偉いね。しかしあんたも物好きだね~。・・・え?この父親と母親との過去世でのカルマが残っちゃてるの?そっかぁ、それじゃ仕方ないよね~。ま、今回はもう余計なカルマ作らないように頑張りな」みたいなww
逆に死というのは、肉体というめっちゃ重い服というか鎧を脱ぎ捨てて、これまでがんじがらめになっていた地球特有の制約、制限、分離といった面倒なものから解放されるのですから「おめでとー!良かったねー!やっと自由になれたねー!!あたしも早く脱ぎた~い><!!!」ってことになるわけです。
で、こういうエイリアン視点で物事が見られるようになると、逆に肉体を持つという経験も楽しめるようになってくるんじゃないかなぁと思うのです。

「地球の常識は宇宙の非常識(宇宙の常識は地球の非常識)」
・・・これからはこの言葉が鍵になっていく気がします。







zeraniumのブログ より


墓地や土の中で眠っている者など誰もいない!

   ポジティブで喜びに満ちた幸運な出来事を引き寄せるには、自分自身がポジティブな状態でなければならない。心を開いて愛情あふれる前向きな態度でいれば、人生で体験するどのような煩(わずら)わしいことでも負担には感じなくなる。そのためには、自分の心の状態を把握しておくことが重要だ。そして心の状態は自分の考え方によって作られる。前向きな考え方をすれば上機嫌になれるし、否定的な考え方をすれば不機嫌になる。

   あなたの心の状態や態度は、あなたと関わるすべての人に影響を与える。
   態度はそのまま言動に現れるからだ。あなたがある態度で過ごすとすれば、そういう雰囲気の服を身にまとっているのと同じなので、人にはすぐにわかる。あなたが毎日どんな行動をとるか、どんな感情を世の中に発信するのか、どんな印象を人に与えるかは自ら選択できるのだ。

   あなたの態度は生活空間にも影響を与える。
   あなたが怒りを感じているとき、怒った態度で1日を過ごすこともできるが、その場合、環境にどのような影響を与えているかに気づいてほしい。なぜならあなたに関わるすべての人々は、あなたの怒りの一部を受け取ることになるからだ。あなたは怒りをこの世界に発信したいのだろうか? あなたがその感情を持ち続けたところで、あなたの気分が良くなるわけではなく、やがてそれは自分に返ってきて、むしろ気分はもっと沈むだろう。

   決して怒るなと言っているわけではなく、感情を隠したり否定したりしないことは、自分の本当の感情を知るために大切だ。そこで自分の感情をどう処理しようかと考えるとき、広い視点を持つことを忘れないでほしい。あなたにはいつも2つの選択肢がある。1つは自分の感情と行動をコントロールすること。もう1つは、感情に流されて行動することだ。

   最後に伝えたいことは、もういい加減あなたのエゴが原因で受けた心の痛みを手放してもいい頃ではないだろうか? 家族や友人に電話して、互いの間に起きた出来事に対して自分から1歩歩み寄り、「悪かった」と伝えてもいい頃ではないだろうか? つまり、自分と相手を許すのだ。電話をかけたりEメールを送ったりして、愛情を表現するのにたいして時間はかからない。自分の過ちを認めなければならないことがあるなら、今がその時である。今日できることを明日まで延ばさないほうがいい。なぜなら明日、あなたが生きているという保証はないのだから。

   明日という日は今日とはまったく違う日だということを、私たちは忘れてはいけない。
   過去から引きずっている問題は、自分あるいは他人が原因であるかどうかに関りなく、私たちの心の中には自分を変えるための答えがある。私たちの人生には意味があるのだ。明日という日は、今日と同じ日ではない。明日は今日の繰り返しだろうと思っていても、それはまったく別の日でいつもと違った発見が必ずある。なぜなら1日1日が希望と可能性という不思議な力で満ち溢れているからだ。それまで気づかなかった、自分や他人の新しい面を発見したりする。

すべての生命は肉体を離れると本来の意識的存在に戻る

   私はよく人から、「この仕事にどんなやりがいを感じているのですか?」と聞かれる。それは次の話を読んでもらえばわかると思う。それは数年前のことで、はるばる1900キロもの遠方から私に会うためにやって来た家族に、メッセージを伝えた時のことである。

   私は会場で瞑想を終えると、強烈な煙(けむり)の臭いを感じた。
   私の右側に目をやると、犬のゴールデンレトリバーの霊が私の右手をなめているのに気づいた。その犬の隣には、リトルリーグのユニフォームを着て、赤い帽子を被った9歳くらいの少年の霊が立っていた。この少年は私に、「パパと話がしたいんだ」と言った。そして彼は、私から見て3列目の1番右側に座っている男性を指差した。

   私はそこに座っている大柄な中年男性を見た。
   この男性のすぐ左側には、17歳と15歳くらいの女の子が並んで座っていた。少年の霊が彼らの方を指差している間、犬の霊が2人の女の子の方にゆっくりと近づいてゆき、彼女たちの周りをぐるりと回った。私は言った。「すみませんが、あなたの息子さんだと言っている9歳くらいの少年がいます。ゴールデンレトリバーも一緒です」 すると明るい髪をした女の子のほうが、「信じられない!」と両手で口を押さえて叫んだ。その男性は急に泣き始め、首を縦に振りながら、私のメッセージの意味を理解できたことを伝えた。

   私はメッセージを続けた。
   「この少年はポーリーだと名乗っています。彼はもう1人のケニーという少年と一緒にここにいます」 これを聞くと2人の女の子たちと父親は大きく反応し、彼らはすぐに抱き合った。「2人とも私たちの弟です!」 この時、客席から数人の人々が、この男性と女の子を勇気づけるために駆け寄って来ていた。私が父親である男性の感情を読み取っていると、彼の背後に立ち、彼の髪をなでている女性の霊に気づいた。「あなたを決して1人にしないと言ったでしょ!」と彼女は言った。私は彼女に名前を尋ねると、ローズだと答えた。

   「今、あなたのうしろに女性が立っています。名前はローズだそうです」 その男性はうつむき、首を縦に振ってわかったと返事した。女の子の1人が「それは母です!」と叫んだ。「妻は、私を決して1人にはしないと約束したんです! 約束を守ってくれることを願っていたのに・・・」と父親は言った。「約束は破っていませんよ。奥さんはあなたの後ろにいるんですから」私は口を挟んだ。すると突然3人の霊は、霊界とこの世界の境を超えられたという喜びのあまり、想念を一斉に私に送ってきた。私はできるかぎり早口でメッセージを伝え始めた。

   「3人はあちらでナナ・ジーンにも会えたし、おじいちゃんも3人を出迎えてくれたそうです。ポーリーはあちらでも野球をやっていて、ケニーはラッキーを今でも散歩に連れて行っているそうです」  母親のローズの霊は夫の背後に立ったままで、想念と光景を私に送ってきた。私は2人の女の子たちを見て言った。「あなた方のお母さんは、ジョンソンさんの家族に連絡をとり、メッセージを伝えてほしいと言っています。彼が勇敢に人命を救おうとして亡くなったことを知らせたいそうです。人生でこれほど素晴らしい功績はありません」 家族3人はこのメッセージを伝えることを承知した。

   次の瞬間、私は煙の臭いを察知した。
   「あなたのご家族は火事で亡くなったのですか?」 「そのとおりです」と父親が答えた。
「ケニーが私に大きな声で言っています。”でも僕たちは生きているよ! 本当は死んではいないんだ! と」 父親は泣きながらこう言った。「ありがとうございます。これは私の最後の希望でした。それは家族が生きているという希望です。あなたのおかげでどんなに私たちが救われたか、あなたには想像もつかないでしょう!」

   犬が女の子たちの手をなめていたので、そのことを彼女たちに伝えた。
   2人は涙を流してうつむき、年上の子がこう言った。「それで納得がいったわ。この犬は私たちを助けてくれたんです。ラッキーは真夜中に私たちを起こして、家の外に出るように促しました。母は弟たちを助け出そうと再び家に戻ったのですが、外に出てくることはなかった」

墓地や土の中に眠っている者など誰もいない!

   それを聞いた母親の霊は、2人の娘に宛ててメッセージを送ってきた。
   「お母さんは、あなた方が意味もなくこの世に残されたわけではないと言っています。あなた方2人はそれぞれ、特に人を助けながら多くのことを成し遂げます。この経験から学ぶことで、他の人が生死の問題を乗り越える手助けをしなければなりませんが、お母さんと弟さんたちがいつも後ろから応援していることを忘れないでください。3人はあなた方を霊界から助けてくれるでしょう」

   そしてローズが、耳をつんざくような叫び声で伝えてきたメッセージを、私は彼女の夫に向かって伝えた。「ローズは、”あなたたちは誤解しているのよ。私たちは土の中にはいないのよ。私たちはあなたたちよりもずっと元気なんですからね!”と言っています」そして彼女は笑った。

   「それはローズらしい。彼女のユーモアのセンスは健在です。ありがとうございます、ヴァン・プラグさん。とても素晴らしい仕事をしてくださいました。私たちは家族を再び取り戻すことができて、私たちに希望を与えてくれました。私たちはこれでこの世に取り残されたわけではなく、家族は今でも一緒なんだとわかりました。いつまでも私たちは一緒にいるんです。ありがとうございました」 その言葉を聞いてラッキーが吠えた!

   私たちが求めているのは、この人生に生きる目的を見つけること、自分の本心に従って生きること、そして批判的な考えや偏見を持たずに自分を表現することである。だからこそ私たちは、妨げから解放されて自由になりたいと思うのだ。自分自身に誠実に、毎日を自分の本心に従って生きられるようになれば、私たちは自由になれるのだ。そのためにあなたは新たな人生を始め、心の平安を得るために、今の時代とこの場所を選んで戻って来たのだ。あなたの人生には意味があり、自分には価値があることを知っている。

   今のこの瞬間を、あなたの人生の転機としてほしい。
   あなたがこれを読んでいるのは、自分を新しい視点から見つめ、自分という素晴らしい存在を受け入れるためなのだ。あなたの自己実現の心の状態を妨げていた、過去にやり残したことから取り組んでみよう。恐れから解放されて自由になれば、「ああすればよかった」「こうすればよかった」「もっと違う対応をしていればよかった」というような感情はもう起こらなくなる。



 Unfinished Business 『人生を、もっと幸せに生きるために』 ジェームズ・ヴァン・プラグ著 エンジン・ルーム/河出書房新社



   Q、お墓参りをしないと、亡くなった人々は気を悪くするのですか?

   彼らはお墓にいるわけではないので、気を悪くすることはありません。
   墓地というものは、亡くなった人のためにあるのではなくて、それは純粋にこちらで生きている私たちのためにあるのです。つまり大切な人とのつながりを持ちたいために、便宜として確保しているだけのことなのです。誰一人いなくなった人などいないのですから、「向こう側」にいる人々には私たちの考えや思いがすべてわかっています。

   それは私たちがどこにいようと問題ではなく、たとえば墓地に向かっている車の中に一緒に座っていたりするのです。ですから「向こう側」にいる彼らと話すために、別にお墓に行く必要はまったくないのです。墓前に花や品物を供えるのは、実は悲しみに包まれているこちら側の人々に慰めを与えるためでしかないのです。つまり、私たちからすればその行為は愛情を表すためのものです。でも向こうではこう言っていますよ、「あなた方、そんな花や品物に無駄にお金を使う必要はないんだよ」と。

「超入門 転生のひみつ」 コンチェッタ・バートルディ著 徳間書店5次元文庫





バシャール - バシャールが語る「死後の世界」 ショート版
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原因と結果2

以下の話を読んでいて、非常に感慨深い気持ちになりました。
人生で起こることは、表面だけ見ていても何も分からないということです。
実は最近、過去のことを思い出してそのとき関わっていた人たちを責める気持ちが浮上してきて、ずうずうしくも「私は悪くない!被害者だもん!」って、自分を正当化する感情に浸っていました。
でも違う、やっぱりそれは違う!起こることには全て、全て!意味があり、ただ怒りや悲しみをぶつけるだけでは何の解決にもならない。
出来事をしっかりと謙虚に受け止められる柔軟性を持った人だけが解放を得ることができるのでしょう。

・・・それにしても、私たちはスピリチュアルなことをあまりにも知らなすぎる。怪しいことと捉える人の方がまだまだ圧倒的に多い。
本来なら学校で絶対教えるべきことだと思うのに。それほど大切なことなのに(微分積分とか文法がどうとかいい国作ろうとかマジどうでもいいし!)。
アイクが指摘しているように、人間を五感のみのバーチャル世界に閉じ込めておくために敢えて左脳中心教育をして、霊性や芸術を開花させる右脳に意識が向かないようにしているのですね。
左脳=有限、右脳=無限、だそうです。
ついでに言ってしまうと、私たちはこの地球を支配している者たちにとっての奴隷なんです。家畜なんです。私たちは本当は働く必要なんてないんです。電気代も水道代もガス代も家賃も何も払う必要なんてないんです。地球に暮らす皆が一生豊かに暮らしていくだけの資源が有り余っているんです。貧富の差、勝ち組・負け組み、セレブだエリートだなんて本当は存在しないんです。にも関わらず、地球の人口の1パーセント程の者たちが、地球の殆どの富を独占し、私たち人間家畜を自分たちのために(競争させ、対立させながら)働かせ、飼っているという構図なんです。
そのことに人々が気付くことが彼らにとって大きな打撃になると言います。でもだからこそ、そこに気付かれないように彼らは3S政策、つまり、スポーツ、セックス、スクリーン(娯楽)というおもちゃを与え、私たちの意識を逸らしているのでしょう。



zeraniumさん、いつも貴重な記事をありがとうございます!





zeraniumのブログ より


あなたが私をどう扱うかがあなたのカルマをつくる

   意識という魂がさらに学んで経験を重ね、霊的存在として進化することを望むならば、新しい肉体を得て生まれ変わることができる。生まれ変わりは魂をさらなる成長に向けて、チャンスを与える有効な手段と思える。それによって魂は以前には逃してしまったチャンスをもう一度手にし、前の人生で作ってしまったカルマのバランスをとったりすることができる。

   長年にわたり何千人という多くの人々が、過去世を思い出す経験をしている。
   そのきっかけはデジャヴと言われる鮮明な夢であったり、理由もなくある場所に引きつけられたり、催眠による退行療法であったりする。過去世の体験は消えることなく、魂という意識に刷り込まれているからだ。その魂の記憶が呼び起こされると、重要な前世での出来事が思いだされ、過去から引き継がれて、現世で解消しつつあるカルマも明らかになる。

   私がこれまでリーディングをしてきた人々のうち、その多くの人々は、霊界にいる家族に対してある疑問を投げかける。それはなぜある出来事が現在の自分に起きているのか、なぜ自分に意地悪をする人がいるのか、というようなことだ。霊からは、自身の前世とのバランスをとる必要があるからだという返答のものが多い。言い換えると、魂という意識がより完全な状態になるように、借りは返さなければならないということだ。次の話は過去のカルマの借りを返すために、複数の魂が同時にに生まれ変わったという驚くべき例である。これは私の心に深く残っているリーディングの一つである。

   何年か前のこと、私はラグナビーチのホテルで集会を開いていたが、そこへある母親たちのグループが来ていた。みんなで自己紹介をし少し瞑想をしたあと、母親グループの1人の女性の後ろに、ウエーブのかかった茶髪の青年が立っているのが私に見えた。その女性に「ボニー、青年がここに来ていますが、あなたの息子さんだと思います。19歳くらいで、銃の絵柄のTシャツを着ていますよ」と言うと、ボニーは涙ぐみながら、隣の女性の手を握りながら言った。「はい、それは私の息子のトビーだと思います」

   私はトビーが死んだ時の衝撃を感じ始めた。
   突然、頭がクラクラして、次の瞬間すべてが真っ暗になった。「息子さんは自動車事故で亡くなったのですか?」と聞くと、ボニーと隣の女性は同時にうなずいた。「彼は今、他のお母さんたちの息子さんたちとも一緒にここに来ていると言っています。彼らは学校の友達で、いつも一緒に過ごしていたそうです。そして銃や、映画『プラトーン』(ベトナム戦争を描いた映画)、それにベトナムに強い興味を持っていたと言っています。そうですか?」 

   するとボニーの両側に座っていたパティーとシャロンが言った。
   「私の息子もベトナムと『プラトーン』に夢中でした」「あの子たちはまるで三銃士のようでした。どこへ行くにも一緒で、戦争の話が好きで、特にベトナムの話に強い関心を持っていました」

   彼女たちが話していると、あとの2人の青年の霊も姿を現した。
   3人とも同年齢のようだった。彼らはいつも一緒にいるのが当然であるかのように、幸せそうに見えた。私は3人の青年に、事故の様子を見せてくれるように頼んだ。その光景はすぐに私の心に送り込まれた。

   黒のジープ・チェロキーの前の座席に3人が座っているのが見えた。
   特にカーブになるとスピードを上げていた。トビーがラジオのボリュームを上げようと笑って頭を下げた。その時、向こうから車が来て、トビーはハンドルにしがみついたが、ジープは道を大きく外れて電柱にぶつかった。車は炎に包まれた。3人の青年は車内に閉じ込められたまま、燃え上がる車の中で亡くなった。

   私はこの光景を説明しながら会場の人々に目をやると、その母親たちは互いに手を握り締めながら慰めあって泣いていた。するとボニーが私に質問した。「あの子たちはなぜあんな死に方を、しかも自動車事故で死ななければならなかったのでしょうか?」と。私は言った。「あなたの息子さんは、ああいうふうに死ななければならなかった、と言っています。それは返す必要のあったカルマの借りだったそうです。もう一方の車(対向車)に乗っていた2人の女の子たちは無傷だった。そうですね?」 彼女たちはうなずいた。私は3人の青年に、返さなければならなかったカルマの借りについて、詳しく説明してくれるように頼んだ。

   「あなた方の息子さんたちは今回の前の人生では、ベトナム戦争で一緒に従軍していたそうです。おそらく1960年代末のことでしょう。さて今は、満月の光景を見せてくれています。なるほど。これは旧正月に起こった出来事です。この3人の兵士たちはベトナムの現地でジープを乗り回し、ベトナム人を探していた、と彼らは言っています。しかも3人とも祝いの酒で酔っ払っていました。

   そして、車を見つけその中に、ベトナム人の夫婦が隠れているのを見つけたので、彼ら3人はジープを飛び降りると、そのベトナム人を罵り悪態をついた。そして彼らが車に向けて銃を撃ち始めると、その車は炎上した。その夫婦は中に閉じ込められたままで。何てことだ! 3人はそこに立ったままで、ベトナム人夫婦が焼け死ぬのを見ているだけだ」

   私が目にした光景すべてを、頭の中で整理するために数分を要した。
   客席の人々は静かに座っていた。その見せられた光景は信じられないほど悲惨なものだった。母親たちは3人とも、息子たちの前世で行なった残忍な行為を聞きながら泣いていた。私は言った。「まさに偶然というものはありません。現世での自動車事故は、対向車に乗っていた2人の女性の責任ではなかったのです。さいわい、彼女たちはかすり傷一つ負わなかったのです」 

   シャロンが質問した。「でも前世で息子たちは最終的にベトナムで死んだのであれば、なぜ現世でもう一度死ななければならなかったのですか? カルマの借りはあの戦争で返したのではないのですか?」 私は答えた。「必ずしもそうではありません」 私は3人の青年の霊に、兵役で召集されたのかをたずねた。「トビーが、3人ともベトナム戦争の志願兵だと言っています。彼らは国のために戦うことに熱意を持っており、入隊して武器を使いこなすことを望んでいました。しかし罪のない人たちを殺すという動機は不純なものでした。しかも不当で残酷な動機でした。それが彼らのカルマの借りなのです」

   すると3人の青年の霊たちは、母親たちに苦しみを与えたことを謝罪した。
   「トビーはこう言っています。僕たちのために泣かないでほしい。僕らは借りを返さなければならなかったんだ。そして今は3人とも自由になっている」と。

   このことがあってから数ヵ月後、(亡くなったトビーの母親)ボニーは、息子たちの自動車事故に巻き込まれた対向車の、2人の女性たちの自宅を訪ねた。その女の子たちは息子たち2人と同じ学校で、クラスメイトだったので知り合いだったのだ。ボニーは痛みが完全に癒されるための最後の行為として、こうする必要があると感じていた。

   2人の女の子たちの母親であるミッシー・ホームズさんが玄関ドアを開けてくれ、ボニーは自分の訪問を快く受け容れてくれたことにお礼を述べた。2人の母親はあの事故についてしばらく語り合った。ボニーが私のリーディングのことと、青年たちがベトナムに夢中であったことについて話すと、ミッシーは貴重な情報を提供してくれた。

   「あなたの息子さんが、ベトナムに強い興味を持たれていたというのは奇遇ですね。実は私の娘たちもベトナムが大好きで、いつか行ってみたいと言っています。それに彼女たちは2人とも、強迫観念に取り付かれたように火を怖がっているんです。しかも火事に備えて、耐熱ロープを窓の外に用意しているほどなんです。室内に閉じ込められるのをひどく怖れているんです」

   ボニーはそれを聞いて、息子トビーの人生とこの2人の娘さんの人生との関わりをどう説明すればいいかわからなかった。自分の息子が霊界から、彼女たちの火に対する恐怖心を取り除く手伝いができればいいがと願った。自動車事故に巻き込まれた2人の女の子は、あの日ベトナムで焼け死んだ夫婦なのかもしれない。しかし重要なのはあの3人の青年は、自分たちの行なったあの残忍な行為に責任を負っていたということである。つまり、彼らは蒔いた種を刈り取らねばならなかった。

   カルマは罰ではなく、自分の行為と態度のバランスをとる手段として起きてくるものだと心に留めておいてほしい。またそれは同時に、魂を進化させる学びの手段であり、愛の法則に反したすべての行為の結果とバランスを取る手段でもある。私たちは前世から持ち越したネガティブなカルマを取り除くために、たくさんのチャンスを今回の人生で与えられている。そして当然、霊的存在である私たちはこれまでにもさまざまな場所で、数多くの人生を生きてきているということも、私に示されている。

   私はある時、信号待ちで止まっていた時の経験を思い出す。
   前の車に、私が一生忘れることができないバンパーステッカーが貼ってあった。それにはこう書いてあった。「あなたが私をどう扱うかがあなたのカルマをつくり、私があなたにどう対応するかが私のカルマをつくる」 このことわざは私のお気に入りで、この言葉を毎日肝に銘じている。



 Unfinished Business (死者からのアドバイス) 『人生をもっと幸せに生きるために』  ジェームズ・ヴァン・プラグ著 エンジンルーム/河出書房新社



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自分の選択する反応がその後の運命を変える

   ある時、2人の人間が出会う。
   それは避けられない出来事です。しかしその時、出会いにおいてその瞬間、2人が互いにどのような反応をするかというのは、その人たちがどういう人間であるかということに関わってきます。もし彼らにそれぞれ悩みがあって葛藤を抱えていたならば、おそらく互いの反応というのはお互いを避けるという形になるでしょう。

   同じように、女性と男性が出会います。
   出会うことは避けられません。そして互いに惹かれあう。どこかぴったりこない。相性もそれほどいいとも思えない。だけどこの先1人で生きていくのはいやだ。もう若くもない。子供を産むのもリミットかもしれない。きっとこれは宿命の人だ。結婚するべきだと思う。そして結婚し、残りの人生を絶えず喧嘩をしながら一緒に暮らすことになります。

   そこではただ出会うということだけが決まっていたのです。
   別に友だち以上の関係になるかどうかと言うのは、決まっていたわけではない。だけどこれから先、残り時間も少なくなったし、こうした出会いがまたあるとも思えない。そういった駆け引きから行なわれる選択というのは、違う選択になり得るわけです。

   アメリカでとても有名なケースがあります。
   それがO・J・シンプソンのケースです。(この事件は、O・J・シンプソンという黒人で有名なバスケットボール選手が、白人の元妻ニコール・ブラウンと彼女の男性友人ゴールドマンを殺害した事件。彼の自宅で行なわれた殺人は、証拠となる犯行に使用した血染めの彼の手袋などから、彼が2人を殺したことは明白だった。当然、彼は無実を主張して、有名な敏腕弁護士を何人も雇って裁判に臨んだ。誰もがシンプソンの有罪を確信していた。が、しかし、結果は、無罪だった。)

   この事件は完全にカルマでした。
   殺された元妻のニコール・ブラウンとゴールドマンは、ある過去世においてO・J・シンプソンに対して陰謀を行ないました。彼はなぜ有罪にならなかったか。それは今回の事件で、3人のカルマのバランスがとれたからです。ただ、違う結果でバランスを取り戻すことも可能ではありました。この事件は見ていて非常に興味深いものがありました。つまり、カルマ・因果応報がこういう形で結論に達したんだという感じでした。

   奇妙なのはゴールドマンが、O・J・シンプソンの元妻・ニコール・ブラウンの友だちでも何でもなかったということです。彼は単に、彼女が行ったレストランのウエイターだったのです。ただの普通の知り合いに過ぎなかったのに、なぜかたまたま同時に彼ら2人とO・J・シンプソンがそこにいたということです。それが結局、事件の幕引きに関係したのです。

   多くの場合、人生の避けられない出来事は、収縮せずに拡大する形で反応することができれば、どんどん近づいてきては解放されていきます。しかし解放へではなく収縮していくと、その収縮したエネルギーが逆に、避けられない出来事を先延ばしにしてしまいます。でも私たちはある時点で必ず、避けられない出来事に直面することになります。その結果、ほとんどの人が収縮して人生を生きていることから、出来事をどんどん先延ばしにして逃げてしまうことから、最終的に、それらがいっきに全部起こるような体験をすることになります。

   O・J・シンプソンはステロイドという、スポーツ選手が飲む成長ホルモンを飲んでいました。そのステロイドが人の性格を意地悪にするのです。ある時、シンプソン夫妻は友人と一緒に外出していました。その時、奥さんがO・J・シンプソンを怒らせたのです。ステロイドの影響でO・Jの反応はこぶしを握ることでしたが、友人が回りにいることからこぶしをおろしたのです。しかし彼女が、「いいわよ、殴りなさいよ。それでもっと男を感じられるなら殴りなさいよ。何で殴らないの」という感じで追い詰めたのです。また他に人がいるような場で、O・Jに「今日のあなたの着てる服、本当に趣味が悪い」、「何でそんな歩き方をするの」などと、彼女はそういうことをすることで有名だったのです。

   結局、カルマは3人だけのことであって他の人には関係なかったのです。
   しかし興味深いのは、殺されたゴールドマンという男性のお父さんが、新たなカルマをつくることになったのです。O・Jと殺された2人との間のカルマは今回、バランスがとれて終了しました。ですからゴールドマンのお父さんは、ただ息子の死を悼(いた)むことだけが必要だったのです。

   しかしながら、彼は息子の死を手放して解放することができず、O・Jを恨み、追求することで、死んだ息子のエネルギーを生かし続けることになったのです。そこでまた新たなカルマが生まれてしまった。でも、O・Jは別の強盗罪で刑務所に入っていて、当分出て来られないでしょう。だからゴールドマンさんはすごくいい気分なはずで、カルマは終わったと思っているでしょうが、実はそうではないのです。

   そうした避けられない出来事は、それぞれの転生において、あなたが自分自身という存在に目覚めるために設定されているものです。つまりその出来事に対して、あなたがどのような反応をするかによってカルマのバランスがもたらされます。しかし避けられない出来事そのものがバランスをもたらすわけではありません。多くの人は、この出来事が起きたのは前にこんなことがあったからだと考えるのですが、でも実際にはその出来事というのは何があっても必ず起きたのです。

   もしあなたが過去世において、ある出来事に対し非常に酷い反応をしたことがあるとします。次の転生で、あなたの過去の酷い反応に関係した避けられない出来事が起きた時、それはまさにカルマのように見えます。なぜならカルマというのは、未だ解決されていない過去世の葛藤だからです。そして結局、その避けられない出来事というのは、基本的に完全にニュートラルなものです。しかし、その避けられない出来事という状況の中には未知の部分があります。その未知の部分とは、あなたがその出来事にどのような反応をするかということです。それがあなたの自由なのです。


『光のアカシャ』 ゲリー・ボーネル×よしもとばなな 徳間書店

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原因と結果

zeraniumのブログ より


すべてにおいて「因果応報」という正義が行なわれる
  
   あなた方の世界では、責任が取れるだけの数以上の子どもは妊娠しない方がいいし、そのための避妊は、転生する魂を損傷することなく妊娠を防ぐ手段となる。地球よりも進んだ世界では、妊娠して魂を宿すためには、単なる性的な関係以上のものが求められるものであり、自らの進化の必要性によっても生む子どもの数は異なる。

   もし女性が子どもを欲しくないのに避妊をせず、その結果妊娠し、中絶をした場合を見てみよう。この場合、将来彼女の魂が再び転生してある母親の胎に宿った時、その母親もまた彼女がしたのと同じような理由から彼女を中絶することになる。なぜなら因果応報の法則は、自分が招いたのと同じ状況に自らを置くものであり、前世で自分が他者にした行為である中絶は、次に生まれ変わる時には同じく自らが中絶されることになり、あるいは妊娠できなくなったりするからである。

   また家庭において、両親と子どもの間にある問題の多くが、かつて中絶したり、そうしようとしたことから派生したものであることを知っているだろうか? 転生しようとした魂が十分進化していなかった場合、生まれる機会を奪われたことを赦せず、霊界から悪影響を及ぼして復讐しようとすることがある。またやっと母体へ転生できたとしても、妊娠中の無意識下にあるそうした記憶が、自分や親への敵対心に変わることもある。それがトラウマとなり、精神的あるいは肉体的な病気を持って生まれることもある。

   中絶が容認されるケースもあり、特に母親が死ぬおそれのある場合だが、まだ生まれていない者の命と、すでに生まれている者の命のどちらかを選ばねばならない場合、後者を選ぶ方が好ましい。強姦の結果妊娠した場合は、生まれる魂の権利よりも母親の自由意志が優先される。つまり意に反して妊娠してしまったわけなので、母親には産まない権利があり、それは魂の「自由意志の法則」に反する行為とは見なされない。

   しかし、強姦というおぞましい行為が引き起こしたものであっても、霊界は常に、生命を育むようにと応援をする。またこのような強姦という状況であっても、それが偶然の成り行きから起きたものである場合は少なく、当の魂が前世において行なった行為の結果が、対峙(たいじ)させている状況かもしれないと理解すべきである。どちらにせよ、一番納得できる選択肢を選ぶのは当の女性でなければならない。

   胎児が何らかの先天性の病を持って生まれてくることが分かった場合、前のケースとは異なり、それを理由に中絶するのは霊的観点から擁護はできない。あなた方の物質主義的な視点からは、何らかの先天性の病いを持つ人の人生は無駄で、苦しみには意味がないと思われている。しかし霊的な視点は、別の展望で物事を見る。

   つまり、不完全に見える肉体の中に、健全な肉体に宿るのと同じ魂が宿っていることを理解しなければならない。魂が、使い勝手の良くない肉体であるために、物質世界で完全に自己表現できないとしても、健全な肉体に宿っている存在と同じように、感じたり気づいたりできないわけではなく、彼が自分自身で選択したその体験から学べないわけでもない。

   なぜなら、このような状況にあえて生まれ変わる魂は、偶然にそうなったわけではないからである。あなた方の多くには、そうした人生は多難で不可解なものに見えるかもしれないが、実はそうした状況は、転生してくる魂とそれを受け入れる家族の霊的な進化にとって、よりよく貢献できる環境なのだ。

   肉体的障害あるいは精神的障害というものは、その肉体が死を迎えるや否や消滅するものであり、魂にとっては単なる一時的な状況に過ぎない。しかも多くの場合、そうした肉体による経験を通して意識は目覚め、彼らの間で繰り広げられた感情的経験はより自覚されて補強され、霊的な成長や学びとして残るのだ。ゆえに、このケースのような状況を中絶で断ち切ることは、それにかかわる複数の魂たちの進化成長の可能性を、あえて「断つ」ことになるのだと気づかねばならない。

   もちろん、赤ん坊の先天的な病気を避けるために、さまざな試みで苦痛を予防しようと尽力するのは当然である。だがそれによって、もっと辛い別の状況を生み出してはならない。つまり、病気を防ぐ行為が非難されるのではなく、命に反する行為が非難されるのである。前の例で言うならば、生まれてから病に苦しむという災いを避けるために、中絶という生命の抹殺を生み出してはならないのである。

助けを必要とする人は助けなければならない

   いかなる場合であっても、助けを必要としている人が、その人がどんな人で何をしたかにかかわらず、助けてあげるべきだと心しなければならない。その人を翻弄する理解し難い辛い状況が何に起因するのかという知識は、その理解力によって必要な人を支援する力を得るために与えられるのだ。つまり、自業自得であるとか、前世での悪事に見合ったものを受けているなどという口実が、人への支援を拒む言い訳として利用されてはならない。

   転生に際し、魂の過去の記憶や意識の喪失は、母体の妊娠の過程で始ることもあるが、眠気を催すように徐々に昏睡状態に入っていく。しかしまだあまり進化していない魂は、すぐに昏睡状態となる。進化した魂は霊的により自立しているので、意識もより最後まで失わない。場合により誕生の瞬間まで自由でいられることもあり、誕生後も幼子として何年かにわたり、転生前の自由の中に留まる場合もある。

   本来の純粋な魂の状態には性別というものはない。
   性別とは、あなた方の物質的世界に存在する必要性からだけ生じるものである。つまり魂が必要としている学びが何であるかによってのみ、ある人生においては男性であったが、次の人生では女性を選択することがある。だが転生においては、どちらかの性だけをより熱心に選ぶ傾向が見られ、男女として一緒に転生することを決めたツインソウル(双子の魂)の場合は、どちらかが反対の性を選ぶ。

   肉体を離れた魂であっても、魂が未だ人間的進化段階にある場合、性別を区別できる特徴をアストラル体に保ち、自らの進化状態にふさわしい容貌や外見など自分が好きな姿で現れることができる。そのために死後間もない魂はしばらくの間、自分が望む最後に生きていた時の容姿や容貌の特徴を保っている。

   しかし魂が進化していて、最後の転生の出来事から完全に解放されている場合には、その顔立ちはより美しく、老化の跡は見られないだろう。何らかの必要があって、高次の霊が物質的世界にいる人の前に現れる時には、その任務に必要な最適な姿と容貌を伴うものである。


 『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著   ナチュラルスピリット









シュリ・バガヴァン-父親の役目/子供がお腹にいるとき
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肉体を離れた魂は・・・

zeraniumのブログ より


後悔するのをやめて前向きに生きる

   私たちは誰でも人生のある時期、罪の意識にも似た後悔の念を持つ時、いつも過去にばかり目を向けてしまう。「自分はここで何をしているんだろう?」「これは本当に自分の人生なのか?」「自分があのときあんなことをしていなければ」「別の街に引っ越していれば人生は好転したのか?」「自分は結婚生活を続けていれば、あるいは離婚していれば、幸せになっていたのだろうか?」「お金のためでなく好きな人と結婚すればよかった」

   後悔の念は、何かをやり損ねたという経験から生まれるのだ。
   そして素晴らしいことにそれは、意味あることを実行するチャンスを逃したことに気づくことなのだ。さらにリスクを負うことを怖れる人々を悩ます後悔の念もある。それはおそらく、自分自身を信じるという自尊心が足りないからなのだろう。特に目標に向けた決心や必要な努力、それに伴う責任を負うことを怖れているのかもしれない。

   このほか他人に対する自分の行為や態度を思い出して感じる後悔の念もある。
   「自分の娘が子どもの時、あんなに怒鳴りつけなければよかった」「隣の人が病気になった時、もっと助けてあげればよかった」「父親にもっといたわってやればよかった」 こうした後悔の念は家族関係に関するものだ。ある時、口論をきっかけにその後何年にも及ぶ確執が残り、1歩譲って歩み寄ったり、「悪かった」と誰も言わないために家族関係に亀裂が入ってしまう。

   しかしありがたいことに、私たちは後悔の念を拭い去って、人生を好転させるために行動を起こすことができる。まず最初に、過去に起きた出来事は変えられないのだと理解する必要がある。過去はすでに過ぎ去ったもので取り戻すことはできない。私たちは「今」を生きることしかできないのだ。そして今できることは、自分の置かれている現状を見つめ、自分の持つ価値観と目標を再確認し、自分が望む人生の実現に向けた決意をすることである。

愛に反する教えは真実ではない

   ある集会で、私は50代半ばの1人の女性が目についた。
   彼女は私から見て左側6列目の通路側の席に座っていた。しかもその夜は、霊からのメッセージを受け取った人の多くが彼女と同じ列であったために、私がそちらを見て話すたびに、彼女の後ろに立っている容姿端麗な青年が目に入った。私はこの霊と話さなければならないと感じた。

   私はこの中年女性に訊ねた。「26歳くらいで亡くなったブロンドの青年を知っていますか?」「いいえ。知りません」彼女は答えた。それを聞いて青年の霊は、自分の望みを取り上げてくれたことに対して私に礼を述べ、自分が長年にわたって言いたかったことを伝えるこの機会を逃したくないという気持ちが私に伝わった。彼は私に想念を送り始めた。

   「ジェンまたはジェニーという人を知っていますか? それとボブかロブという名前を言っています。後悔について話しています」 「まあ、なんてこと。そう、あの後悔のことですね。それは私の甥のロバートで、ボビーと呼んでいましたが、彼は私の妹ジェニーの息子です。彼がここにいるんですか? 信じられない。ボビー、ごめんなさい」そういうとその女性は泣き崩れた。

   「クリスまたはクリスティンを知っていますか?」
   「はい、私がクリスティンです」「彼は死ぬ時1人ぼっちではなかったと、あなたに知ってほしいようです。あなたは間に合わなかったのでそのことを気にしていると彼は言っています」「あぁ、よかった。死に際に一緒にいられなくてごめんね、ボビー」

   「ところで、彼の母親を知っていますか?」と私は訊ねた。
   「もちろんです、私の妹ですから。彼は何と言っているのですか?」 すると突然ボビーは非常に強い感情を私に伝えてきた。「ボビーの母親は、このような集会を通して霊とコミュニケーションすることを認めていないそうです。それは彼女の信仰に反するからだと。その通りですか?」 「はい、彼の言うとおりです。妹のジェニーはとても信心深いですから」 

   「彼はメッセージを母親のジェニーに伝えてほしいと言っています。彼は母親を全面的に許しているので、後悔の念に浸っている必要はないと。その後悔でもう充分な気づきを得られたので、その感情は手放す必要があります。彼は彼女を誇りに思っており、彼女は賢いから、そうした恐怖心で人を縛るような信条を持ち続ける必要なない、と言っています」 「妹にそう伝えます」とクリスティンが言った。

   そのときボビーが、私に聖書を開いて見せてくれたことは興味深かった。
   「あなたは聖書を読みますか? 特にレビ記18章22節(女と寝るように男と寝てはならない)を知っていますか?」私は訊ねた。「残念ながら知っています。それはジェニーが、同性愛者のボビーを非難するためにかつて持ち出した1節です。彼女は徹底したキリスト信者だったので、ボビーが間違った人生を送っていると考えていました。彼女は厳格な信条を持っていたので、ボビーが神の意志に反していると感じていたのです」

   クリスティンはさらに続けた。「妹は息子の考え方を変えさせるために、説き伏せようとしたり、悪魔祓いをしたり、それこそ何でもやり、あらゆる手を尽くしたけれど、ボビーはボビーのままだったんです。彼は自分を変えることはできなかったし、彼はあんなにいい子でした。しかも運悪く、彼は高校のバレーボールのコーチと親密な関係にあることが発覚しました。ジェニーの理想的な世界が崩れ落ちたのはその時です。そしてジェニーはこのままであれば息子と縁を切ると言い、ボブは考え方を変えなかったので、その後彼女は彼と関わらなくなりました」

   「それが16年前のことです。それから彼女は感情をぶちまけるようになり、街で同性愛者関連のイベントが開催されるたびに、教会の団体と一緒に抗議の行進をしました。そしてボビーは病気になって亡くなったのです」 私は言った。「ボビーは、彼の死後に母親がそのことを理解し始めたと言っています」 「はい。彼の死後、ジェニーは自分の信仰を見つめ直すことを始めました。聖書を熟読し、いろいろな学者と一緒に研究しました。そして間もなく、自分はそれまで間違ったことを教えられてきたのだと気づいたのです」

   クリスティンは続けた。「ジェニーは研究すればするほど、自分は宗教的な教えに裏切られたという気持ちが強くなっていきました。そして彼女は息子が罪深い人間ではなかったということもわかったんです。そうであったにもかかわらず、教会が息子を批判したので、それに同調して彼女も息子を批判したのです。それ以来、彼女は後悔の念に苦しめられています。そして彼女は、息子へのお詫びとして、また彼のことを忘れないために何かをしようと考えました」 

   「彼女は何をしたのですか?」私は訊ねた。
   「ジェニーはエイズの活動家になり、憎しみではなく愛を説きながら、米国内をあちこち旅して回っています」 ボビーは涙を流していた。そしてもう1つ彼には伝えたいメッセージがあった。「”お母さんに、大好きだと伝えて”と言っています」

   私たちはジェニーのように、さよならを言う前に、あるいは否定的な感情を修復する前に愛する家族を失うと、後悔の念に駆られる。「あの時ああしていれば・・・」というような、答えの出ない疑問を抱えたまま生きていくのは辛いものだ。私のところには実際に、日々の後悔で苦しむ人々からの手紙がこれまでに数千通も寄せられている。彼らは普通の生活を送りたいのに、健全で建設的なやり方で現状に対処しない限りは、ただ心の痛みにふたをしているに過ぎない。

   この世から次の世界に「後悔の念」を持ち越すと、どのような悪影響があるかを知っておくことは誰にとっても非常に大切なことだ。霊の世界はこの現世よりも精神性の高い世界なので、すべての想念や感情は増幅され、次の世界に持ち込まれた感情的堆積物はすべて肥大化してしまう。現世で選択した自分の内面は、霊界では誇張され、ありのままがさらけ出されることになる。つまり霊的世界では自分の想念や感情など何も隠すことができない。

   あなたの性格や人格的特質はすべてが顕わになり、誰の目にも明らかに見えるものとなる。それは精神的、感情的にまる裸になるのと同じだ。この事実からわかることは、残念ながら人は次の世界に行っても、現世で自分が向き合うことを避けたり、逃げてきた問題はそのまま持ち越されることになり、解決されることはない。だから私の最善のアドバイスは、今すぐにでも、自分が逃げている、背を向けている問題に対処し解決することなのだ。

   現世で抱えた後悔の念が次の世界ではより増幅され、それが苦しみをより大きく感じている霊たちの辛さを想像してみてほしい。私がしばしば耳にするのは、”生きている間にこうなると知っていれば、もっと違った行動をとっていただろう”と嘆く霊たちの声である。



Unfinished Business 『人生を、もっと幸せに生きるために』 ジェームズ・ヴァン・プラグ著 エンジンルーム/河出書房新社



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お墓を必要としているのは「こちら」にいる人々


Q、お墓参りをしないと、亡くなった人々は気を悪くするのですか?

   彼らはお墓にいるわけではないので、気を悪くすることはありません。
   墓地というものは、亡くなった人のためにあるのではなくて、それは純粋にこちらで生きている私たちのためにあるのです。つまり大切な人とのつながりを持ちたいために、便宜として確保しているだけのことなのです。誰一人いなくなった人などいないのですから、「向こう側」にいる人々には私たちの考えや思いがすべてわかっています。

   それは私たちがどこにいようと問題ではなく、たとえば墓地に向かっている車の中に一緒に座っていたりするのです。ですから「向こう側」にいる彼らと話すために、別にお墓に行く必要はまったくないのです。墓前に花や品物を供えるのは、実は悲しみに包まれているこちら側の人々に慰めを与えるためでしかないのです。つまり、私たちからすればその行為は愛情を表すためのものです。でも向こうではこう言っていますよ、「あなた方、そんな花や品物に無駄にお金を使う必要はないんだよ」と。

Q、「向こう」へ行った親しかった人は、別離を悲しんで、私たちのもとへ戻りたいと思うのでしょうか?

   私は、「別れを悲しんでいる」と言った魂に、お目にかかったことが一度もありません。
   当初は向こうでの状況に満足しているとは限りませんが、彼らの多くは、別離が原因でこちらにいる家族が非常に取り乱して、悲嘆に暮れたりしないことを望んでいます。

   覚えておいて欲しいのですが、私たちという存在は本来が、この物質的次元の存在ではないのです。私たちは究極的には、宇宙というより広大な世界に属しているものなのです。この広大な大宇宙の中の片隅の、この小さな辺境の地に私たちがいるのは、この物質的3次元の世界でなければ得られない学びがあるからで、それをここで経験して知るためなのです。

   「こちら」を去って「向こう」にいるのは、いわば夏休みのようなものです。
   ですから転生するべきふさわしい準備ができていない状態で、こちらに戻りたいという希望を示した魂には会ったことがありません。魂はひとたび「向こう」へ行くと、たった今終えたばかりの自分の旅について理解します。

   「向こう」の人たちは今なお私たちを愛しており、その愛は永遠に続きます。
   しかも「向こう側」は永遠のパラダイスであって、何の制限もない世界ですから、彼らが私たちとともに過ごすために、ことさら制限と拘束の多い肉体的な形に戻る必要はないのです。

Q、「向こう側」の人たちも生前の個性を持ち、歳をとるのですか?

   個性の点では、向こうに行ってもこちらにいた時と変わりません。
   こちらで押しの強い人であったなら、「向こう側」でもやはり押しの強いままで、言うことをきかせようとします。しかし時々あることですが、こちらにいた時、無口で絶対謝ることのなかった人がコンタクトしてきて、「愛情を口で表現したことがなかったけれど、やはり言葉で表現するべきだった」と伝えてきたりします。また「向こう側」へ行ってから変わる人もいますが、向こうで何かを学んだからのようです。

   知っておくべきことは、肉体年齢は霊的な年齢とはまったく関係がないということです。
   こちらでは短命でほんのわずかな期間しか過ごせなかった人もいますが、それでも霊的な年齢においては多くの経験を積んだ古い魂であったのかもしれません。逆に80歳、90歳まで生きても、霊的に成熟した年齢という点では、霊の年齢はまだ幼ないということもあり得ます。

   つまり「向こう側」では、早くに亡くなった赤ちゃんは赤ちゃんではないのです。
   そういう魂は私にこう言うかも知れません、「亡くなった時、私は9ヶ月の赤ちゃんでした」と。しかしこれは、それが間違いなく自分の子どもだということを依頼者に納得させるために
そう言うのです。そして人々は必ず、なぜ神様が子どもを連れて行ってしまうのかを知りたがります。でも私にしてみれば、この疑問は見当違いの疑問なのです。

   私には前から不思議に思っていることがあります。
   それは転生してくることで致命的な病気や遺伝病にかかり、虐待されたり、殺されたりすることが前もってわかっているにもかかわらず、あえてそれを体験するためにこちらへ自発的にやってくる魂がいるということです。しかしそこには私たちにはわからないカルマという隠れた原因と目的があると考えられます。

   そして多くの場合、その短い人生や死によって生まれる波及効果というものがあり、それは非常に遠い範囲にまで及び、私たちの知らない大きな貢献を果たしているのです。そしてそういった人たちの魂が今戻っているところは「向こう側」で、言うまでもなく遥かに快適で美しいところです。

   多くの場合、「向こう側」にいる存在たちには固定した年齢がないように見えます。
   おそらくその理由は、自分の年齢を選択することができるからです。私の見たところでは、私の父はかつての老人のようには見えないし、兄も病人のようには見えません。二人とも「向こう側」では若くて端麗な姿をしているので、どうやら霊は自分に一番ぴったりすると思える年齢や、なりたい年齢を選べるようです。

   しかしながら私にわかっているところでは、依頼者がリーディングを受けに来ると、その依頼者が目的とする「向こう側」の相手は、その本人であることを思い出してもらうために、依頼者に見覚えのある姿、様子で現れるのが普通です。なぜならたとえば祖父や祖母の場合であれば、二十歳代の若者の姿で現れたのでは、孫には見分けがつかないからです。

Q、「亡くなった」人たちは、お葬式で誰も泣いてくれないと憤慨するのですか?

   いいえ、そんなことはありません。
   彼らが腹を立てることはなく、「あいつはすぐ俺のことを忘れるぞ」とか、「あの人の本心を今わかってしまった」などと言って、裁いたりすることはありません。たとえ奥さんの葬式に、夫が愛人の秘書と腕を組んで現れたとしても、こういったことにさえ亡くなった人は理解を示すでしょう。

   なぜなら、自分の結婚生活にかかわっていた、さまざまなカルマのすべてを今は理解しており、人間関係というものが持つ目的が何であるかも、今は知っているからです。ですから葬式に涙は必要なものではなく、むしろ実際にはその反対で、亡くなった人たちは微笑みと笑いを好んでいるのです。

Q、「亡くなった」人々は、私たちの人間関係をうまく取り持ってくれているのですか?

   そういうこともありますが、多くの場合それはないようです。
   なぜなら私たちは自分で過ちを犯し、そのことから学びを得るためにこの世に来ているからです。ある人々は自分の指導霊と連絡を取ることができ、見当違いの判断をしないで済むだけの導きを得ます。

   「向こう」の人々は私たちに「合図」を送ろうとしますが、同時に彼らもわかっているのです。つまり私たちは、自分の行為から教訓という恩恵を受けることができるように、一定の経験をすることが運命づけられていることを、彼らは知っているのです。

   私は以前、とてもハンサムで容姿端麗な男性とデートしたことがあります。
   しかし彼は非常に愚かな人物で、人の話に聞く耳を持たず、精神的にも心を閉ざした人でした。「向こう」の人たちは、この男性は私には向いていないと教えてくれていたのです。しかし私には、そしておそらくこの男性にも、この交際から学ぶべき点がありました。そうです、実は私が学んだことは、「イケメンの中には本物のバカがいる」ということでした。

   私たちは誰に出会うにせよ、そこには何らかの理由があります。
   多くの場合、恋愛関係にはカルマに関わる理由があります。ですからそれを知っている「向こう」の人々は、私たちがそういう体験をするように援助してくれます。


  「超入門 転生のひみつ」 コンチェッタ・バートルディ著 徳間書店5次元文庫
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エコーという罠



the PLANET from NEBULAより


バシャール:シフトのエコー

考え事をまとめたりするのに、瞑想はとても役に立ちますが、本当の瞑想状態とは、恐怖心や恐れから解放された、果てしなく自由な心の状態を指しているのだと、バシャールは話します。バシャールの推薦する瞑想は、いわゆる”白昼夢”のように自由で流動的で、何も囚われない”そのままの自分”を表現している状態を、薦めています。何度もバシャールが言うように、貴方の恐怖心や恐れが、分析や解明追求に駆り立てているのだと、話します。もし、自分の直感とワクワクを100%信じる事が出来たら、貴方の世界はシンクロだらけの世界へと変化してゆくようになるでしょうと、バシャールは話します。

3次元密度の小さな箱の中で、同じような”回答”をずっと出し続けてきた私達にとって、シンクロだらけの世界とは一体どんな世界なのか、ちょっと想像が付かないかも知れません。ササニ文明社会は、いわゆるシンクロだらけの世界に住む人達です。彼等は約束事を一切必要とせず、全て、宇宙の法則に委ねています。切り替えが早く、ワクワクを追うパワーは私達の意識内では到底想像出来ないと、バシャールは話しています。

貴方が変わろうと意識をシフトした瞬間、貴方のハイヤーマインドは、同じような問題を貴方に見せて、テストを仕掛けてくるでしょうと、バシャールは話します。これをバシャールは、”シフトのエコー”と呼んでいますが、この時に、貴方が変わっていれば、この問題は卒業という事になります。もし、同じように反応してしまっていれば、まだ貴方は変わっていないと、判断されるというわけなのです。


宇宙エネルギーのダウンロード

以前お話したように”想像力”は貴方のハイヤーセルフのエネルギーをダウンロードする通路を作る大事な要素です。貴方の肉体はエネルギーを受信する”器”であり魂の”乗り物”です。貴方が想像する全ての事柄がどこかの世界に存在しています。例えば、部屋の中だけを飛行し、外を飛ばない飛行機が存在していたりするのだと、バシャールは説明しています。

想像から得る情報は、何処かに存在する世界の情報をダウンロードしている事になります。それは私達の並行世界からの情報かも知れないし、どこか違う次元の世界かも知れません。確かに言える事は貴方の波動とシンクロし、貴方の脳にある松果体を通して情報がダウンロードされるという事なのです。

ハリウッドの映画やドラマや奇抜なSF物語は全て何処かの世界に存在していると言えます。私達は情報をどこからかダウンロードし私達なりの”味付け”をしているのです。突然の発想やヒラメキは貴方の波動が誰かのもしくはどこかの世界とマッチし、シンクロした為に起こるのです。それはずばり、私達は”一つ”であり全てが一つに繋がっているという証拠なのです。

ハイヤーセルフと繋がる一番強力な方法は想像する事だと述べています。長い間物質世界に集中してきた私達にとって”想像する事”は単に時間の無駄に思えるかも知れません。しかしバシャール曰く、”想像する事”は宇宙のエネルギーを受信する事であり、詰り、”深い想像”が瞑想となります。瞑想とは肉体の脳を自由に放ち、”白昼夢”を見ているような状態だとバシャールは話しているのです。







望むリアリティを創り出すマントラ 2/2  バシャール Powerful
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イルミナティのいない世界

デイビッド・アイクの本を読んでいて、非常に興味深いことが書かれている箇所がありました。
何でも、アフリカのある秘密技術によって平行世界にいる存在と数年に渡りコンタクトを取っていた時期があるらしいのですが、その平行世界でもイルミナティ--爬虫類組織の支配を受けていたとのこと。でもその後、その平行世界では人類が組織との戦いに勝利したと言います。
バシャールが「イルミナティのいない現実世界もある」というようなことを言っていましたが、やはり本当にそういうパラレル・リアリティがあるんだなと、今更ながらに納得した次第です。



『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない・上』より転載

私は、これを書いている日に「チャニ・プロジェクト」に関する記事を見せられた。これはアフリカのある秘密技術で1994年に並行宇宙の存在と交信し約5年も続いたということだ。この存在は2万件以上の質問を受けたらしい。「チャニ(chani)はChannelled Holographic Access Network Interface の頭文字を並べたもので、あるときの通信で、月の目的はなにかと尋ねたところ、返ってきた答えは「生命は月がなければもっと良くなった」というものだった。さらには、月は自然の天体ではないとも言っていた。月は、地球の「気分」をコントロールするためにそこにある。月がなければ「大いなる平穏」が人びとに訪れるし「大きな嵐」もなくなる(あとは「小さな嵐だけになる)。月がなければ人びとは平和になる。奇妙なことに、この「月のない」世界は、私が思い描いている「ハック」の前の<本当の黄金時代>そのものだ。このときのやりとりは、ある「古い種族」が月を「宇宙空間から」補捉して地球のそばに置いたことを示唆していた。これはズールー族の伝承とも一致しているし、私の研究もこれを裏づけている。チャニ・コミュニケーションが示しているのは、この「月の力」が時間をコントロールするタイムマシンのように機能したこと、それによって「この惑星に住む人間のこの時系列での」の気分が操作されたということだ。
 最古の物語は時間についてなにも語っていない。それは「時間」がマトリックスの幻想であり、私たちを永遠の<今>から切り離すことによって人間を奴隷化するために作られたコードだからだ。
---略---
興味深いことに、チャニの「存在」は、爬虫類が人間の背中を押さえつけて「成長」しないようにしていること、彼らが自分たちの現実の中で爬虫類との「戦争」に勝ったことについても語っている。「私たちは多くの時系列(のなか)で多くの竜を殺す」。さらに、人間は問題の爬虫類よりも「霊的」に進化しているが、鱗のある奴らは「自分たちのすぐれた科学技術に執着している・・・・彼らの神はその科学技術だ」と語ったという。これも、私がいろいろな本の中で言ってきたことだ。彼らは知能が高く技術的な精神(マインド)を持っているが「霊的」な意識は低い。彼らは「自分たちの精神(マインド)を私たちに与える」ことによって私たちを彼らと同化させようとしてきた。













あらゆるバージョンのパラレルワールドがあるっていうのが実に興味深いです。
人生とは選択の連続だなんて言いますが、たとえば受験をするとき、第一志望の学校、第二志望の学校、第三志望の学校があった場合、パラレル的に言えば、願望を持った時点で既に第一志望に受かった現実、第一はダメで第二第三に受かった現実、第三だけに受かった現実というのもあるわけです。で、このとき、どの現実にいくかは自分がどの志望校に行くことを“信じて”いるかにかかっているとバシャールは言います。「信じるものが見るもの、体験すること」と。
また、たとえば学校や職場でいじめられるんじゃないか、バカにされるんじゃないかという不安を持っている人がいるとすると、その人はいじめられたり陰口を叩かれるバージョンの現実に移行する確立がかなり高まるということです。とくにボス的存在のAさんは絶対自分をいじめるに決まってると思い込んでいると、Aさんにいじめられるパラレルへと移行してしまう。でも、Aさんがいい人バージョンのパラレルや逆にAさんがいじめられっ子バージョンのパラレルもあるかも知れない。だから問題は、Aさんではなくて、どのバージョンのAさんがいるところに自分が行くか、なのかも知れないなぁって最近の私は思います(Aさんのいないバージョンだってあるはず)。
「あ、ここはAさんが意地悪バージョンのパラレルなんだ」って言い方が正しいのかも知れないですね笑
だって思いつく限りの世界があるというなら、そういうことでしょ?


別バージョンの世界ということで、恒例の2ちゃんパラレル体験談↓↓↓




神社の御神木
510 :本当にあった怖い名無し:2012/10/11(木) 10:55:26.48 ID:hJGb3bUk0
15年ほど前の話。

中三の夏休み、友達二人(AとB)と毎日のように遊んでいた。
部活も引退していたし、受験はあったけど、「なんとかなるわw」ってタイプの三人だったんで勉強もしなかった。
だから暇持て余していたんだ。

うちの近所には中くらいの規模の神社があって、そこには御神木がある。
そこは夏でも涼しくて気持ちがいいのでよく行っていた。
その日もいつもみたいに「涼みに行くか」とジュースを買って行った。
御神木の下に着いてしゃがもうとすると、何かが木にぶら下がっているのに気づいた。
それは首吊りしている人間だった。
「うわーーー!」と、俺たちは一目散に神社から飛び出た。
「警察に行った方がいいんじゃ...」ともなったが、面倒に巻き込まれたくなかった俺らは見て見ぬ振りをした。

しかし、それから数日経っても『首吊り死体発見!』とのニュースはなかった。
地元で死体など見つかったら大ニュースになるはずなのに…
合点はいかなかったが、俺らは「見間違いだった」と思い込むようにした。
それから当分神社は怖くて行けなくなってしまった。

511 :本当にあった怖い名無し:2012/10/11(木) 10:56:37.95 ID:hJGb3bUk0
またそれから二ヶ月ほどして、その話題も忘れていた頃。
Aが足を怪我をした。遊びでサッカーしてて骨折したらしい。
Bと見舞いに行くと思いの外元気で、俺らが病室に入るなり「屋上行こうぜ!」と言い出した。
個室でもなかったし、中坊が大声で喋ってたら同室者に迷惑だろうと思ったんだろう。
屋上に着いて暫く喋っていると、ふと違和感がした。
何か得体のしれないものが柵の向こうからくるような感じ。
二人も気付いたみたいで同じ方向を見ていると、次の瞬間風が吹いた。今まで風なんか殆ど無かったのに。
「この風に呑まれたらヤバイ!」と直感した俺は、屋上の入り口に走った。友達も同じだったと思う。
風に追いつかれる前になんとか入り口のドアを開け、飛び込んだ。
横には息を切らしたBがいる。しかし、Aがいない。
「そうだ。あいつ足怪我して...」
五分ほど経ってもう一度屋上に行くとAの姿はなかった。
「大変なことになった」と思いながらとりあえず病室に戻ると、Aのベッドには見知らぬお爺さんがいた。
「あれ?」と思い、病室のネームを見ると、Aの名前がない。
病室間違えたかと思い、同じフロアを全室確認したがいない。
しかしそれだけじゃなかった。
Aなんて人間自体存在していないことになってた。
Aの家に行くと、Aの母ちゃんはいるけど、Aなんて子はいない。妹も弟もいるのに。(Aの弟が長男ってことになってた)
学校に行っても奴の席はなかった。(写真等にもいない)

512 :本当にあった怖い名無し:2012/10/11(木) 10:57:40.02 ID:hJGb3bUk0
Aが居たことを覚えているのは俺とBだけ。15年経った今でも不思議でならない。
Bとは「Aはあの風に呑まれて異世界に行ったんだ」と話した。
でも俺もBも「それは違う」とほぼ確信している。
そうじゃないと思いたいけど、Aが異世界に行ったんじゃない。俺らが異世界に来たんじゃないのかと。
何故ならあの時首吊り死体を見た御神木がないから。
そこは神社の駐車場になっていた。(御神木は違う場所になっていた)
あの時屋上の入り口の扉を開けた先こそが異世界だったんじゃないか?
じゃあ異世界に元からいた俺らは?(あの時都合よく入れ替わった?)
夏休みに御神木で見た首吊り死体はこの事と関係があるのか?
そもそも屋上に吹いた風はなんだったんだ?
疑問はいくつも残るけど、俺もBも結婚して、こっちの世界で幸せにやってます。

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模範解答
218 :本当にあった怖い名無し:2013/06/29(土) 19:55:50.72 ID:YahTOgK/0
昔、高校受験の勉強で市販の問題集をやっていた時の話だ
一通り回答した問題の答え合わせをやっていたのだが、1問だけ正解と解説を読んでも分からない問題があった
何度計算してもAなのに問題集付属の解答にはBと書いてある
しばらく考えて気付く「これ問題集の模範解答の方が間違ってるじゃん・・・」

すこしイラッときた俺は模範解答を赤ペンで書きなおしてやった「ハハッざまぁw」
市販の問題集といえど、誤字脱字間違いは時々あるので別にそこまで気にしていなかった

勉強の腰を折られた俺は、いったん下の階に下りて飯を食べてから再び勉強を開始したが
先ほど俺が訂正した模範解答が、本当の正解である解答になっている
俺が引いた赤ペンでの斜線と正解はあとかたもなく消えていた

簡単にいえば、もともと模範解答にはA(出版社のミス)と印刷されていたのが少し目を離したすきにB(正解)にきれいに書き変わっていたのだ

記憶違い・・・?確かに過去にAだったものが何かのひょうしにBになっていた、なんてことは何回かった
でも今回は記憶がはっきりしている。確かに問題集の模範解答は間違っていて俺は訂正した。不思議だ。

こういうことが起きるのは決まって確率の低い方から高い方への書き換えだ。
パラレルワールドやタイムパラドックスについては詳しくないが、過去に何らかの変化があった場合その時点でパラレルに分岐するという考えが一般的なのだと思う
けどもしかしたら、世界線(?)は一つで過去が変わったらそれ以降の未来は書き換えられているのかもしれない。それに気付かないだけで。


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玄関開けたら
138: 名無しさん@おーぷん 2014/05/05(月)08:35:53 ID:NDlvQVCGT
中学生の頃の話だけど、夏だったかな
そろそろ夏休みだって時期の朝、食事を終えてテレビを見てから登校しようと立ち上がり玄関に向かったんだ
普通に靴を履き土間で”とんとん”と爪先を床につけて調整しながら引き戸の玄関をガラガラって開けたら、そこが玄関だった
玄関から出たはずなのに目の前には土間があり、さっきまで自分がいた玄関に辿り着いたんだ
不思議に思いながらも遅刻するから急ごうと、そのまま後ろを振り向いたらそこは玄関
うちの玄関と玄関が引き戸一枚で繋がってる状態、そんな訳解らない状態に段々不安になって
2つの土間を行き来しながら、どうしたら良いか考えてて、とりあえず玄関を閉めてみたんだ
それでもう一回玄関を開けたら、そこは普通に外だったんだけど、さ
多分、俺、逆の方から外に出ちゃったんだよね
何回か行き来してるうちに、自分がどっちから開けたか忘れちゃってて、玄関閉めるときに逆の方にいたんだよ、多分
それから何か全部微妙に違うんだよね
友達に里中なんていなかったし、北海道なんて県なかったし、「む、あ、い」この文字は確かなかった
信号は赤・白・紫だったし、中国韓国台湾北朝鮮は一つの国だったし
ハワイは日本の領土だったし
なんか全部微妙に違うんだよ

139: 名無しさん@おーぷん 2014/05/05(月)08:42:58 ID:TOAEotN1h
>>138
その中国と台湾と朝鮮の統合されてた国の名前は?

140: 名無しさん@おーぷん 2014/05/05(月)08:45:41 ID:NDlvQVCGT
>>139
黄国、こうこく、な

144: 名無しさん@おーぷん 2014/05/05(月)09:06:59 ID:6uKFxx1Yw
おまいらヤバ杉ィ!
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プレアデス人アラーエさんからのメッセージ

Part 1-Pleiadian Alien Message-Japanese sub




Part 2-Pleiadian Alien Message-Japanese sub





Part 3-Pleiadian Alien Message-Japanese sub





Part 4-Pleiadian Alien Message-Japanese sub









デーヴィッド・アイク著 『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない・下』より転載

私たちは幻の中の幻の世界にいる。ヴァーチャルリアリティの宇宙の中の、マトリックスによるハッキングだ。
---略---
私たちは彼らが見せたいものだけを見て、見せたくないものは見えないようになる。私たちはマトリックスによって完全に支配され、入力されたデータにのみ反応する人間ロボットになってしまう。それを避けるには、心(ハート)と精神(マインド)を開くことだ。そうすれば、ほかの人が見ているものの向こう側が見えてくる。
---略---
 人間がこの現状から抜け出す唯一の方法は、ハッキングを破り、システムが必要とする低振動エネルギーを拒絶することだ。いくつものレベルの現実が、これを終わらせるために活動している。
私たちは、ハッキングの内部からそれぞれの役割を果たさなければならない。<真実の振動>に心(ハート)と精神(マインド)を開き、私たちが知っている“つもり”のものを白紙に戻して、すべてをやり直すのだ。人びとが「知っている」のは、マトリックスがそのように「プログラミング」したものに過ぎない。昔から信じていることでも、すべてを疑ってほしい。そうした検証に堪えないものは、宗教であろうと政治的信念であろうと、あるいは現実についての思い込みであろうと、すべて捨ててしまうことだ。
そんなものは、すべてマトリックスが作り上げたナンセンスだ。もう一度最初から、今度は心(ハート)を通して---すなわち直感や洞察を通して----真実を受け入れ、マトリックスに完全に支配されてしまった頭を解放してやることだ。頭の支配=マトリックス、心(ハート)の支配=マトリックスからの自由、なのだ。
 最初のステップは、すべての思い込みを捨てて、自分が知っていることをすべて疑ってみることだ。この本で読んだことも、すべて疑ってみてほしい。この本で示したことが最終結論だというつもりは毛頭ない。いつでも、もっと知るべきことがあるからだ。また、詳細まで100%正確だというつもりもない。当然だろう、私たちは抑圧され操作されたエネルギー環境で日々を過ごしているのだし、支配者の側は、自分たちのことが暴露されないように、あらゆる手段を用いて情報を遮断しているのだから。
---略---
信念の牢獄から脱出することは、マトリックスとのフィードバック関係ということからも非常に重要になる。フィードバック関係にあるということは、私たちはさまざまな方法を使って自らをマインドコントロールし、マトリックスの信念システムを強化することで、同じことを信じるように、互いに影響を与えあっているということだ。このサイクルから抜け出すには、信念から抜け出して、こう考えることだ。「これはこの瞬間の私の知覚だ。しかし、これがすべてではない。この知覚は、新しい経験と情報があれば、いつでも見直すつもりでいる」
 人びとは、宗教、政治、科学など、主だった知覚支配の柱を信じ込むことで、フィードバックループにがっちり取り込まれている。
---略---
私たちはすべて<意識(コンシャスネス)>なのだ。自分をキリスト教徒であり愛国者であると認識することは、自分自身を限界とボーディ-マインドに重ね合わせることになる。このことは、人類の概念と経験を基礎とした、すべての宗教と自己認識に当てはまる。
---略---
サブリミナル・プログラミングの中心的な発信源であるテレビを消そう。バカみたいなクイズ番組やリアリティ・ショー、捻じ曲げられた「ニュース」を見る代わりに、静かに座って、本当の無限の力へアクセスしてみよう。心(ハート)を通じて人生と自己に集中すればするほど、それは強くなり----つまりはあなた自身が強くなって----いっそうの直感と洞察が得られるようになる。イルミナティの組織内文書を見ても、計画にとっての危険は「異端者だと記されている。本当の異端者とは、心(ハート)に従う人のことだ。こういう人は予測不可能で、直感的で、発想が豊かだ。彼らは<意識(コンシャスネス)>に導かれているので、よくある「私にはできない」というマインドプログラミングの影響を受けない。
 人類が心(ハート)を中心に、心(ハート)によって導かれるようになることの大切さは、とても言葉では表わせない。

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前世とか転生とかカルマとか

zeraniumのブログより



「セスは語る」魂が永遠であるということ ジェーン・ロバーツ著 ロバート・F・バッツ記録 ナチュラルスピリット

  あなた方の現在の人間関係や、生きる姿勢、体験には内なる論理が存在します。
   たとえばある転生において、あなたは男性として生きており、女性を毛嫌いしていたとします。すると次の転生ではほぼ間違いなく、あなたは女性として生まれることを選択するようになります。なぜだかわかるでしょうか? つまりこうするよりほかに、男性であるあなたが「女性であること」を理解し、体験できる方法はないからです。そして女性として生まれたあなたは、かつて男性であった時に女性に対してとっていた態度に、今度は自分自身が直面することになるのです。

   また、もしあなたが病人への思いやりを欠いていた場合、次の転生では、深刻な病気に罹患(りかん)して生まれて来る場合があります。つまり、かつて自分が病人に対して向けていた態度を、今度は人から向けられるという立場をとることで、病人であることを理解するためにあなたはそれを選んで体験するのです。しかし病人という在り方は、たいていそれ以外にも問題をはらんでいる場合が多いようです。いずれにせよすべての在り方は、たった一つの理由から採択されるわけではなく、同時にたくさんの精神的な体験に貢献するのです。






「BASHAR 」 チャネル ダリル・アンカ VOICE新書刊

Q、 カルマについて話してください。 

   まず第一に、すべてのカルマは自分で勝手に創っているものです。
   「すべてを選ぶのは自分である」ということを忘れないでください。すべてのカルマもあなたが選んだものです。カルマとは「バランス」のことです。それは「バランスよく調整されなければいけない動的な力」という意味です。自分が捕らわれの身になるということではなく、カルマをバランスするということが大切です。こういうことをしたから、こういう報復が返ってくるという意味では必ずしもありません。バランスをとる方法はいろいろあります。

   ひとつの人生の中で自分がネガティブ(否定的)なことをすれば、次の生ではまったく同じことが起きなくてはならないという考えの人がいますが、あなた方にとって確かにいままではそういうことが真実でしたが、必ずしもそうである必要はありません。 たとえば、ひとつの人生の中で殺人をします。次の人生で殺されることになったとします。しかし別な方法で、このカルマのエネルギーのバランスをとることもできます。つまり、また殺人を犯そうとする人が、殺人をしないように防いで助けることにより、同じバランスが作られます。そうすると次の人生で殺される必要はなくなります。

    自分の周波数を変えるためには、そして自分を高い存在に進化させるためには、すべての体験のバランスを取る必要があります。カルマはあなたの鎖になるようなものでは決してありません。逆説的に思えますが、真実はこのようなものです。自分が体験している真実というもののすべては「自分が創り出している」ということに気がつけば、もうカルマ的な結びつきという考えを信じる必要はなくなります。自分には選ぶ、選ばない自由があるということに気づくと、それがあなたのカルマを切ることにもつながります。つまりそういう自由があるということに気づくとき、否定的な行動をする必要がなくなるわけです。

Q、 この人生はすべて自分の選択で動いているということはわかりました。
   今私がこの世に生まれてきて、日本人で、しかも男で、しかも障害者であるという選択はどこの時点で行なわれたのでしょうか? それはどういう意味を持っているのでしょうか? 
 

   この肉体を持って産まれる前に選択しました。
   自分自身をそういう制限の中にはめることによって、強さをみんなに示すためです。あなたはこの世界で、本来なら何回も生まれ変わって自分に課するような制限を、この一回の人生でやっています。ですからこの人生が、あなたのバランスをとる人生となることができます。そして自分を一番変革できる人生になります。

   自分の力を、こういうことを通して見せることによって、自分のまわりにいる人に強さを見せています。そういう強さを見せてくれて、私は本当に感謝しています。今までと同じように自分のハートを、心臓を、より強く動かしてください。そしてその情熱をみんなに見せてあげてください。あなたの愛する鏡としてみんなに見せてくれることによって、まわりの人にたくさんの愛と強さを見せてあげることができます。あなたの光に感謝します。

Q、 私が死んだらどうなりますか?
   また人間としてここへ戻って来るのでしょうか?  


   もし戻って来たければ、そうなります。
   他の世界に行ってその文明の一員になることもできます。あるいは肉体を持たない魂として残ることもできます。また別の意識レベルに行くこともできます。あなた方がこの地球上に何回も、何回も戻ってくるのは、自分自身に制限を作っていて、「本当は自分は自由でどこにでも行けるんだ」、ということを自分に知らないからです。常に、いつでも、あなた方は選択する力をもっているということです。それを覚えていれば、あなたは自分の行きたいところへ行けます。







『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット

Q、 現在の人生に、過去世がどのように関係しているのですか?

   宇宙的な法則があり、それを作用と反作用、原因と結果の法則と呼ぶことができるが、その意味は、「魂は与えたものと同等のものを受け取る」ということである。それは「自分が他者にすることは自分自身にする」という意味である。つまりそれぞれの魂は、自分が創り出した状況に同じように立ち向かわねばならないということであり、ゆえにあなた方が人生で直面する逆境の多くは、前世で自分が創り出した原因の帰結であり、あるいはその影響なのである。

   魂はさまざまな宇宙の法則や、万物の生命に反する自分の行為が招いた状況に向き合い、それを解決しなければ、霊的な進化において前進することができない。「自由意志の法則」のゆえに、魂には自由な選択と決断が認められているが、自分の行為の1つ1つがそれぞれの結果をもたらし、遅かれ早かれそれらは自分に戻ってくることを知らねばならない。あなたは好きな種を自由に蒔けるが、いずれはそれを自分に刈り取る責任があるのだ。

   もし自分が他者にしたのと同じことをされるのがイヤなら、それはいいことではなかったのだ。自分にとって善くないことは、他人にとっても善くないのだ。自分にして欲しくないことは、他人にもしてはならないわけで、自分がして欲しいと思うことを、他人にもすることである。なぜなら結局は、それは自分自身にしたのと同じことになるからで、すべてのことは実は自分自身に対してしているのである。

Q、 ですが、この法則が一般的に適用されているようには見えません。 よく知られた殺人鬼や犯罪者だけでなく、陰謀による大量殺戮者が、1度も裁判にかけられることもなく、歳とって穏やかに亡くなっているのはどうしてでしょうか?

   確かに今世だけの人生では、特に権力の座を占める者たちの場合、多くの犯罪行為が裁きを逃れて人生を終えてしまう。だから「裁き」が存在していないような印象を与える。しかし他者を傷つけて「愛の法則」に反した者は、その後の転生で、自動的に自分のしてきた行為の結果と向き合うことになる。

   ある統治者が自らの判断から戦争を招き、大勢の人々を拷問したり死刑にする命令を下したとする。しかし権力の座にあることから地上のどの裁判でも裁かれることがなく、有罪とされることもなかった。だがどのような人生も、「宇宙の法則」に対する違反の帳尻は合わされなければならず、作られた借金はその後の転生に持ち越されることになる。かくしてかつての死刑を命令した執行人が、明日は一見無実の犠牲者となり得るのである。

Q、 なぜ時間的なズレが必要なのですか? 
   行為とそれの引き起こす反動が続いたほうが、もっと公正だと思うのですが。


   実は、反作用は行為の瞬間に自動的に起動しているが、ただちに効果を発揮するとは限らない。行為は「霊的な実り」と「霊的な負債」であるが、その「収穫」は魂が自分を試す期間、つまり人生が終わるまで延期されることが多い。基本的に償いは、魂が自らの言動を自覚した時に始まるものである。人生が終了すると、法則に反した行為の重みから、魂は自分と似たような性質を持つ他の魂たちがいる、アストラル界下層レベルに留まることになる。「愛の法則」と調和できず、お互いに傷つけあうレベルであることから、そこでの生活はかなりの苦悩と不幸に満ち満ちたものとなるが、そこで更生の決断が待たれることになる。

Q、 魂は他者に与えた害を、どのようにして自覚できるようになるのですか?

   魂は肉体の死後、終えたばかりの人生の間に起きた、もっとも道徳的な部分に関わる出来事を徹底的に回顧させられることになる。魂は自分が行ない、経験してきた1つ1つの出来事において、その時の自分の気持ちだけでなく、自分の行為に影響を受けた他の人々の感情や思いをも感じ取り、その人たちの喜びや不快、悲しみを自分のことのように感じるのである。その目的は自らの行為が愛によるものであったか、エゴからであったかを回顧するのだ。そしてその転生で取り組んだどの点に合格し、何が不合格であったかを知るのが目的である。

   つまり魂は罰されたり、蔑(さげす)まれたりするのではなく、生命に対する行為を自覚できるように、魂自身の意志により自発的に、与えた損害を修復しようと決意するまで待たれねばならない。しかし遅かれ早かれそれに立ち向かい、犯した過ちを償わねばならない。そして過ちの償いがされるまでは、新たな試練には立ち向かうことができないのである。

   しかし実際には、矯正する意志をまったく見せない魂が沢山おり、彼らはそのために下層アストラル界(低層4次元)に停滞してしまい、更生の段階を踏まないですぐ再び地上に転生してしまうのだ。こうした魂は、たとえ更生のプロセスを開始したとしても、善と親和する意志力が弱いために厳しい試練には耐えられない。しかし一般的に「負債を持つ」魂は、前世で自分が生み出したのと非常に似た状況を、再び身を持って体験することになる。

Q、 理解できるように、例を挙げてください。
  
   よろしい。
   ある魂が、18世紀の白人の家庭へ転生した。その家族は大農場とそこで働く奴隷たちを大勢所有している。おそらくここへ生まれた魂は親の教育によって、奴隷たちも自分たちと同じ人間で、同じように感じて苦しむ人間なのだということに気づくことはない。また個人的な利益のために、他の生き物たちの意志を蹂躙(じゅうりん)してはならないことや、それが自分と同じ人間の場合にはさらに悪質な行為であることに気づくことができない。そのために奴隷制は、「愛の法則」と「自由意志の法則」に反する行為であることに思い至ることもない。

   この魂が大人になり、若主人となった時、彼に「奴隷を所有することがいいことか」と尋ねたならば、おそらく彼は「汚なくて無知な奴隷と、そうでない領主をなぜ比較するのだ!」と言い、彼の自尊心を刺激して怒らせてしまうだろう。「汚くて無知な奴隷」という価値感は、彼が積極的に維持してきた状況である。つまりもしこの状態が妥当だと思えるとすれば、それは逆の立場からもこの状況を経験することに同意していることになる。

   その結果、更生のプロセスを踏まず、以後の転生で彼の魂は、自分の家族に隷属する農奴の息子あるいは娘として生まれ、今度は奴隷であることから生じる苦悩を身を持って体験することになる。そして今度は奴隷となったこの魂に、奴隷制は良いことかと尋ねてみると、彼はそれは非人道的なことだと語る。そして、「神よ、なぜ私をこんな苦悩の中に置かれるのですか?」と、自分の不運を嘆き悲しむことだろう。

   結局、この魂は自分が蒔いた種を刈り取っただけなのである。
   しかしもし彼が、この経験から有益な教訓を引き出すことができたなら、仮に再び大農場の領主となり、社会の状況を変えられる立場になった時に、自分が前世で内的に学習したことを思い出し、あるいは奴隷制度の廃止に尽力するかもしれない。

Q、 この例から、奴隷は前世では、奴隷制度を利用していた領主だったかもしれないという推測ができますね。

   そう、そして領主が奴隷なのだ。
   自分の自由が尊重されるために必要なことは、どのような状況であれ他者の自由を敬うことなのだと気づくに至るまで、同じレベルの魂のグループが、多くの人生において互いに立場を交代しながらその学びを経験することになる。そしてすべてのことがこのようになっている。

   しかしこれは懲罰ではなく、学習の形態であると言っておく。
   そこには復讐や罰などはなく、宇宙の法則の目的は、他人に行なった行為を自ら体験することを通して、他者の気持ちも理解できるようになり、魂の進化を促進させることにある。愛の法則に反するカルマを清算し終えるには、より多くの転生が必要となってくるが、彼らを指導するガイドの霊たちは、負債をより楽に払い終える道を勧める場合が多い。しかし大抵の場合、魂は犯した過ちの呵責の苦しみから早く脱け出したいがために、カルマを早く消し去ることを急ぐ余り、より厳しい試練を選ぶ傾向にある。

   いずれにせよ、魂は試練に向き合うことを承諾せねばならず、うまく乗り越えられるように準備を整える。








『古代霊は語る』シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄訳編 潮文社

Q、 私たちが地上で犯す罪や過ちは、必ず地上生活において報いを受けるのでしょうか?

シルバー・バーチ  その場合もありますが、そうでない場合もあります。
             つまりそれは因果応報、因果律ということですが、必ずしも地上での生活の間に成就されるとは限りません。しかしつくられた原因には必ず結果が伴うので、それは必ず成就されます。そこに時間的なずれが見られるのは、その出来事の性質によっては適切な状況が必要になってくるからです。

   しかしその作用には情状酌量といったお情けの入る余地はなく、ほとんど機械的に作動します。自分の行為は自らの霊に記録されてそれなりの結果を生み出すので、それだけ苦しむことになります。そこにはさまざまな事情が絡んでおり、そうした複雑な構造の中で行なわれる因果律ですが、因果律の根本的目的が霊性の進化にあることだけは確かなことです。

   神の法ともいうべき「宇宙の法則」が支配していないところは、この宇宙のどこを探しても存在しません。それはあなた方人間の人智の及ばないところまでも、完全にその法則が支配しているのです。大自然の法則は完璧です。私たちはただその働きを知っているに過ぎません。原因があれば結果があり、その結果が新しい原因となってまた次の結果を生み出していくという法則です。その間には何者も介入することを許されず、偶然もなければ、運不運もありません。ただ法則があるだけなのです。


Q、 ある人は汚いスラム街に生まれ、またある人は美しいものに囲まれた環境に生まれますが、こうした不公平はどうなるのでしょうか?

   あなた方の誰もが、富んだ生活や貧しい生活を等しく経験してきています。
   大切なことはその経験が魂の進化を促すことにあるので、そうした機会はあなた方すべての人々に等しく与えられています。そうした環境は物質的なものさしで言えば不公平と見えるかもしれませんが、肝心なことは、その環境を通じて「魂の因縁」を解消していくことにあります。因果律は魂の進化のためにあります。環境が厳しいほど魂は強くなり、悟りは環境との闘いの中から生まれるのです。そのことを知る偉大な霊魂は、あえて厳しい環境を選ぶことがあります。


Q、 大きなカルマ(業)を背負って生まれてきた人間が、何かのキッカケで愛と奉仕の生活に入った場合、その業(ごう)がいっぺんに消えるということはあり得るのですか?

   自然の法則の根本は、あくまでも原因と結果の法則である因果律です。
   カルマもその法則の働きの中で消されていくのであり、途中の過程を飛び越えて一気に消えることはありません。原因があればそれ相当の結果が生じるもので、その結果の中に次の結果を生み出す原因が宿されており、因果律はほとんど機械的に作動します。しかし質問にあるように、その後の生き方によっては業の消滅を早めることができるでしょうが、一度にというわけにはいきません。愛と奉仕の生活を積み重ねていくうちに徐々に消えていき、やがて完全に消滅するでしょう。業という借金をすっかり返済したことになります。








『過去世リーディング』 高江洲 薫(たかえす かおる)著 VOICE

   しかし希望に満ちた日々から一転、思いもよらない事故が私を奈落の底へ突き落としたのです。それはまるで、これまでの喜びはうわべだけのもので、お前のやるべきことではないと言われたかのようで、突然、道を閉ざされたかのような大事故だったのです。

   それは忘れもしない20年前のある冬のことです。
   ストーヴの火が元で自宅から火の手が上がり、またたく間にすべてのものを失ってしまったのです。その中には大切な家族まで入っていました。ほんの1時間前までは元気に笑い合っていた家族が、突然、この世から消えてしまった――この苦しみをいったいどのように表せばよいのでしょう。私自身もこの火事で大やけどを負って入院したのですが、痛み止めを一切拒み続けていました。そうすることで、家族を助けられず生き残ってしまった自分に責め苦を与えていたのかもしれません。

   この事故を体験するまで、私は自殺する人を弱い人間だと思っていました。
   なぜなら魂が引き裂かれるような苦しみや悲しみを抱えた人たちの心を、理解していなかったからです。そして私自身がこの体験を通して、辛い現実から逃れようと何度となく死ぬことを考えました。駅のホームや高い建物に行くと、死にたいという誘惑に駆られ、何度もすんでのところで思いとどまったのでした。事故から1年が経とうとしていたある晩、生きる気力を失っていた私を大きく変える出来事が起こりました。2歳半で亡くなった娘が夢に現れて、こう言ったのです。

   『パパね、死ぬっていうのは、セミの幼虫が抜け殻を割って飛び立つのと一緒なんだよ。ママと私は苦しくない。残されたパパが一番つらいんだよ』

   娘のこの言葉に、私は何があっても生きようと決心しました。
   そしてこの事故の体験にはきっと何か意味があるはずだと考え、それからその後何年も生きる意味と自分の使命を探し求め続けたのでした。

----略----

   以来、さまざまな方のリーディングをするようになり、多くの人々が原因のわからない病に苦しんでいることを知りました。そのうちの女性の1人Yさんも、10年以上にわたりパニック障害に悩まされていました。過去世を見ると、彼女は1世代前の過去世において、裕福な家庭に育ったフランス人男性でした。ヨットを所有して豊かな暮らしをしていましたが、両親からの愛情にはあまり恵まれず、淋しい思いをしていました。この男性はある時、仲間たちと開いたパーティで1人の女性に惹かれ、強くアタックしてつながりを持つことができました。しかし女性はいまひとつ気が乗らず、そのために仲を取り持ってほしいと彼は友人に頼んだのです。

   そこで友人がその女性に近づいたのですが、結局、友人のほうがこの女性と相思相愛になってしまったのです。Yさんの過去世である男性は、この友人と2人でヨットに乗っている時、その女性との関係を打ち明けられたのでした。しかし男性は最も信頼していた友人に裏切られたことに憤慨し、謝り続ける友人を殴りつけ、海に突き落としてしまったのです。この事件は結局、男性の父親の力でもみ消され、表に出ることはありませんでした。

   リーディングを進めるうちに、Yさんの過去世での友人であったこの人が、今世ではYさんの父親となっていることがわかりました。今世の人生では、Yさんは幼い頃からいつも、家庭の中でピリピリしている父親の顔色をうかがいながら過ごしていました。父親はYさんに対して愛情表現がうまくなかったのか、どちらかといえばYさんに対して無関心でした。過去世リーディングを終えたYさんは、想像もしていなかった過去世と父親との関係を知り、最初は呆然としていましたが、なぜ父親とぎくしゃくした関係だったのかの謎が解けたようでした。

   その後、「長い間、”わけのわからない不安”を持って発狂しそうな状態にあったのが、過去世を知った翌日からそれがピタリと止んだ」との連絡を受けました。またリーディングを受けた直後から、劇的に父親との関係が変わり、「今は父が大好きです」と嬉しそうに話してくれました。後日談ですが、Yさんは以前、友人と南フランスに旅行に出かけ、帰国してからすぐにパニック障害が発症したことを、リーディングを受けた後に思い出したそうです。

   私たちの身に起こるさまざまな状況や体験は、決して偶然ではありません。
   どんな出会いにも、どんな出来事にも必ず意味があるのです。

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心臓の重要さ

the PLANET from NEBULAより


バシャール:心臓/ハートの”心”

バシャールが推薦している本に”ハート・コード”があります。バシャール曰く”心臓”には物質的機能の他に貴方の”心”が波動として発せられる場所でもあると言います。心臓は科学的にも証明されているように体の臓器の中で一番電気を発する場所であり、脳の100倍もの電気を発していると言われています。思考から生じる”心”の動きと心臓から発せられる”心”の動きには大きな違いがあります。

バシャールが説明しているように私達の感情には”一つ”のエネルギーしか存在していません。その一つのエネルギーに正のエネルギーの種類と負のエネルギーの種類が存在しているだけです。正のエネルギーは”愛”です。そして負のエネルギーが”罪悪感/恐怖”です。このエネルギーのバリエーションで私達の感情は産まれています。

思考から発する心の動きや感情は、貴方のエゴや社会基準から発生する判断又は育った環境や社会に則った”良悪”の判断等大変複雑化しています。一方貴方の”心臓”からの心の動きは”愛”か”罪悪感/恐怖”の二つのエネルギーのどちらかのみです。よく俗にいう”心に聞け”とは詰り貴方の心/ハート(心臓)が貴方の気持ちを一番知っているという事なのです。

貴方の思考からの心の動きなのかそれとも貴方の心臓/ハートから発する”心”の動きなのかどちらか分からない場合は瞑想してみて下さい。そして貴方のハートチャクラに気持ちを集中してみる事で貴方のハート(心臓)の気持ちがわかるようになります。



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zeraniumのブログより


心臓は直観の源泉であり、脳より優れた知能を備えている


   もうひとつ、極めて重要なポイントを挙げておきたい。
   それは、「心臓」の役割についてだ。心臓は血液(という名の情報)を体内に循環させる電気ポンプに過ぎない,、と教えられている。しかし米国ハートマス財団などの最近の研究によると、心臓は感情の安定/不安定、さらには心臓自身と神経系統や脳をつなぐ、交信の調和/不調和の根本だということが確認されている。つまり、心臓と精神と感情は三位一体であり、この三つの同期が崩れたとき、私たちのバランスも崩れるということだ。

   また心臓には(脳よりもはるかに優秀な)知能が備わっていることも明らかになっている。そこには「ハート・ブレイン」(心臓脳)と呼ばれる独自の神経系統があり、これが感覚器官として情報の解読とコード化に携わっている。心臓から脳に向かう神経の方が、逆方向のものよりも多いのは、神経系統・電磁場・ホルモンなどの化学反応・血圧波を通して、脳および全身と常に交信しているからだ。

   さらに心臓は内分泌器官でもあり、そこから分泌されるホルモンは、癌を含めた多くの病気を治す力を持っている。サウスフロリダ大学のデービッド・ヴェセリー博士によると、培養中の癌細胞に心臓ホルモンを投与すると、24時間以内にあらゆるタイプの癌の97パーセントが消滅するという。

   これで、心臓が単なる電気ポンプ以上のものだということが納得できただろう。
   私たちは心臓とハートチャクラの渦を通して直観(による知識)得る。つまり、脳は考えるが、ハートは「知っている」のだ。直観が湧けばもうわかっているのだから、マインドという精神を使ってじっくり考える必要はない。明日どこへ行くべきかを直観で知っていれば、そのことが良いか悪いかや、条件や言い訳を考える必要はない。

   (肉体的)精神が考えたり努力したりするのは、ハートでわかっていることを「わかっていない」からだ。心臓は脳の60倍の量の電気を発生させ、ハートチャクラの渦を通じて、私たちを高いレベルの認識に結び付けている。だから直観でわかるのだ。それなのに人々は、自分たちの直観を信用するな、代わりに頭を使えと強制されている。しかしその先に待ち受けているのは、服従と反復行為だけの奴隷の道だ。

   心臓は解読システムの真の天才であるが、さらに偉大な天才への橋渡し役でもある「コントロールシステム」が人間の知覚を操作してきたために、心臓は、脳崇拝、(肉体的)精神崇拝にその地位を奪われてきた。私たちが現在経験しているのは(肉体的)精神の社会だが、もしこれが心臓の社会になれば、そこには愛と尊敬と平和と調和、それに信じられないレベルの知能が溢れるようになり、創造性や洞察力が日々豊かになることだろう。

   1990年に覚醒を始めて以来、私がすることはすべて心臓が土台となってきた。
   心臓から湧き出る豊かな洞察力によって、私は世界の出来事を見直すようになった。情報Aを採って情報Bを拒否し、あるいはすべてを放り出してどこかへ向かっても、ただ直観に従っていけば必ず、そこに重大な意味があった。初めは脳や(肉体的)精神が抵抗することもあったが、偉大な冒険が始まるとすぐに「頭」の方で気づくようになった。

   それは、たとえ途中で問題が発生しても、心臓から来る直観に従うならすべてうまくいくのだ、ということだった。そのとき、私の頭と心臓はひとつになった。それからは両者はぴたりと一致して、心臓が「やりたい」と言うと、頭も「よし、やろう」と応じる。私にとっては直観的に感じてわかっていることイコール考えることなのだ。

   しかしほとんどの人では頭と心臓が戦争状態にあり、ふつうは頭が勝ってしまう。
   今こそ、それを変える時なのだ。そうすれば世界は牢獄から楽園に変わる。そして「コントロールシステム」の第一の標的は心臓だ。操作する者たちは、情報・叡智・知識と心臓の繋がりを良く知っていることから、それを妨害することに躍起になっている。なぜならそうしなければ人類を「頭」(五感の現実)の中に閉じ込めておけなくなるからだ。

   そのために、さまざまな事件を引き起こしたり操作したりして、私たちの感情を低い振動にさせ不均衡な状態に追い込もうとしている。そうした低い振動の感情が、彼らの望む怒りや不満、恨み、憎しみ、落ち込み、苛立ち、悲しみなどの情動だ。こうした感情が心臓の拍動を乱すことはすでに多くの研究によって証明されている。そうしたものにより心臓と神経系統および脳との関係が歪められ、(肉体的)精神や感情、それに肉体にも大きな混乱が生じる。

   現在、心臓の病気が地球上で最大の死亡原因になっている理由が、これでわかったと思う。心臓にとってこの世界を抜け出すのは容易なことではない。ストレスなどの感情が心臓発作の引き金になるのは、トラウマやショックの影響から心臓の拍動が乱れるからだ。反対に愛や思いやり、気遣いや感謝の感情に反対の作用があるのは、これらが心拍パターンを整えてくれるからだ。前述のハートマス財団は、心臓の電気パワーを利用してバランスのとれた感情を肉体に届け、全体を調和させる技術を開発している。

   心臓が重要な役割を演じることで、新しい現実が解読されるようになる。
   そこには愛と平和と調和、そして真実の知性という私たちに本来備わっていて、プログラムされた脳では到底伝えることのできない、知性に満ち溢れた世界なのだ。

   最近は、宇宙の電気レベルの解明に取り組む、本物の科学者や研究者が増えてきている。私が主張しているような、波形とデジタルとホログラムによる現実の存在を受け入れているわけではないが、それでも彼らは目覚しい成果を挙げ、宇宙が電気によって動いていることを明らかにしてきた。

宇宙は電気エネルギーの渦巻く世界

   宇宙はあるレベルでは、電気と電磁場の渦巻く塊だ。
   たとえば身近なもので、稲妻について考えてみよう。稲妻が電気で発生することは誰もが知っている。そして多くの人は電気による閃光やフォーク型の光線が空に走るのを見て、それが稲妻のすべてだと信じ込んでいる。しかし目には見えないが、稲妻の電光は地表付近まで来ると逆行して地球の大気圏を上昇し、宇宙に広がる電気場と接続している。稲妻が光るのとほぼ同時に、もっと高いところで電気による閃光の走るのが見える。これは昔から「エルフ(小妖精)」や「スプライト(妖精)」、「ノーム(地の精)」、「ジェット」と呼ばれてきたものだ。

   フロリダ工科大学のジョゼフ・ドワイヤーは、2003年のジオフィジカル・レヴュー誌で「稲妻の発生に関する従来の見解は間違っている。よって真の発生原因は未だに謎である」と述べている。そしてこれは、宇宙が電気と電磁場で満たされていること、それがある条件下で放電されるということを知らないからに過ぎない。(略) 

   現在の主流科学は、宇宙空間に電気が存在することを否定しており、天体は電気的には中性で、真空状態の中を移動していると言いながら、同時に宇宙に電磁場があることを認めている。電気のないところに電磁場が存在すること自体とんでもない考えだが、ドグマ(教義)主義者にとって精神を開放して明白な事実を受け入れることよりも、教義と今の安定した地位を護ることの方がずっと大事なことなのだ。

   『電気的宇宙論』Thunderbolts of the Gods (小沢元彦訳 徳間書店 2009年)でタルボットとソーンヒルが述べているように、「昔から、発見にとっての最大の障害は、無知ではなく誤った知識なのである」。まあ、この言葉自体が無知の一形態ではあるが、ポイントは突いている。主流派の科学によると、宇宙は「真空」で、すべては重力によって動いているという。タルボットとソーンヒルは、電気力は重力などとは比較にならないほど強いと指摘している。

   実は、あらゆるものが「1ヶ所」にまとまっているのも、惑星が軌道から外れずに太陽の周りを回り続けているのも、すべて電気力および電磁力のおかげであって、決して重力のためではない。(重力も磁力の一種ではあるがずっと弱い)。また他のあらゆるものと同じように、電気力も情報だ。人間の脳は電気の情報を受け取って交信し、心臓は電気によって拍動する。私たちと宇宙インターネットとの交信も、電気の宇宙を通して行われているのだ。(略)

   太陽もプラズマでできていて、主流科学が主張しているものとはまったく別の形で動いている。教義という楽譜通りに歌うだけの科学者たちは、太陽は巨大な原子炉で、コアの部分から熱と光を発生させていると教えている。だがその証拠になるものを調べてみるならば、それらがまったくでたらめであることが一目瞭然なのだ。内部の原子炉から熱と光を生み出すプロセスのせいで、太陽は破滅に向かっているという説もデタラメだとわかる。太陽は破滅に向かっているわけではない。彼らがこうした主張をする根拠はゼロに等しく、さまざまな証拠はまったく違う方向を指し示している。

教えられてきた科学的知識の多くは真実ではない可能性

   だがこうした連中はまったく気にすることなく、この非科学的なナンセンスな説を世界中の学校や大学の授業で事実として教え続けている。アメリカのエンジニアで電気宇宙の研究者でもあるラルフ・ユルゲンスが述べているように、「現代の宇宙物理学では、太陽のエネルギーは太陽深部の熱核反応によるものとされているが、この概念は太陽観察結果のほとんどと合致しない」のだ。

   1990年以降、私は相互に関連する数多くのテーマについて調査してきたが、その結論は、「主流科学の教えているものは何でもチェックする必要がある」ということだ。

   太陽によって加工された電気エネルギーは、天の川銀河を貫いて流れているものと同じだ。だから銀河も螺旋を描いている。したがって天の川銀河は巨大なディスクモーターとなり、今度はそれ自体が電気を発生するようになる。銀河をはじめとする天体の回転現象はたとえば星雲なども含めて、プラズマと電気を使って研究室で再生することができる。ところが主流科学の、宇宙の仕組みに関する「科学的」ドグマ(定義)は再生することができない。その理由は明白で、そのドグマ(定義)がナンセンスだからに他ならない。

   彗星の長い光の尾は、彗星の電気場が帯電したプラズマ場と作用し合ってできる。
   しかし主流の科学者たちは、彗星は塵(ちり)と氷でできているという、古臭い作り話を今でも教えているが、そもそも塵と氷は惑星の形成材料にはならない。彼らは彗星の尾は、「氷」に太陽の熱が当たってできると言っているが、結局、要は「電気」という手に負えない言葉を使わずにすむのなら何でもいいのだ。主流科学の体制派によると、彗星は「オールトの雲」というものの中に集まっていて、そこから時々太陽系に入ってくるという。だがこの「オールトの雲」なるものは一度も観察されたことがない。そんなものは初めから存在しないのだから当然だ。

   こうした膨大な限りなく存在する科学的「事実」は、単なるお伽話(おとぎばなし)を要約したものに過ぎず、この地球世界の科学体系はそのために作られ、資金が提供されている。「コントロールシステム」は、私たちが経験している現実について本当のことを知らせたくない。無知で、混乱していて、途方に暮れながら生きている人間の方が、コントロールするには都合がよいからだ。

   宇宙は「ビッグバン」から始まったとする説も、理論は常に何度も繰り返されることで「事実」になるという典型であり、今では各世代の子どもや学生に「事の真相」として教え込まれている。この説によると、137億年ほど前、現在の「宇宙」は1個の原子核の中に押し込まれていたことになっている。(略)その後に爆発が起きて、温度が何兆度にも上昇し、この「ビッグ・バン」によってエネルギーや物質、空間、時間が生まれ、宇宙には除々に惑星や恒星が誕生していった。そしてこの時の力によって、宇宙は今も膨張を続けているのだという。

   この理論が最初に紹介されたのは1927年のことで、その主唱者はベルギーのルーヴェン・カトリック大学のカトリック司祭ジョルジュ・ルメートル(1894~1966年)だが、彼が一時期教育を受けたイエズス会は、世界中に張り巡らされた世界支配のクモの巣のトップレベルに存在するある秘密結社の一つだ。ルメートル自身はビッグバン理論を、「原始的原子の仮説」と呼んでいた。つまり、仮説が事実として教えられてきたわけだが、その根拠となっているものは、開放された精神で検討すれば極めて信憑性に欠けている。

   宇宙が「ビッグバン」の後も膨張を続けているという有力な「立証」として、いわゆる「赤方偏移」がある。簡単に言えば、遠ざかっていく天体は周波数の影響で光スペクトルの赤い方に寄るということだ。科学界の主流体制派は、赤方偏移から計算して「ビッグバン」が起きたのは137億年前だとしている。しかし赤方偏移の発見者として有名なエドウィン・ハッブルが言っているが、「赤方偏移は宇宙の膨張によるものではない可能性がある。宇宙の構造に関する見解のほとんどは再検討が必要になるだろう」。

   彼の言っていることは正しかった。
   赤方偏移という公式の根拠もただの仮説であり、立証されたものではない。宇宙膨張論は、ビッグバン理論に対しこれを支えるために考え出されたものなのだ。さらに言えば、天体間の推定距離がひどく歪曲されているのもこの赤方偏移仮説のせいなのだ。ここまで明確にこうして繰り返し誤りが証明されているにもかかわらず、ドグマ(教義)的「基準」にしがみついて自説を絶対に曲げないというのはどういう神経だろう。

   そうしたことは限りなく存在し、「生命」と「宇宙」に関する公式の説明は何もかもが支離滅裂だ。主流科学が主張するブラックホール理論も、宇宙が電気力で動いていることが理解されれば、すぐにお払い箱になる。私はこれまで「ブラックホール」という言葉いろんなところで使ってきたが、その意味は「科学的」主流派とはまったく異なるものだ。私の言う「ブラックホール」は、光を含むすべてを飲み込んで閉じ込めてしまうものではなく、現実同士のつながりや通信のためのチャネルを意味している。いわばそれは「ゲートウェイ」とでも言うべきもので、これを通してエネルギーや振動情報が交換されている。

   やがて、こうした連絡用ゲートウェイが振動と情報という観点から、この世界に決定的な影響を与えることが理解されるようになるだろう。それにこうしたものは、宇宙の至るところに存在しているのだ。



  『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない デービッド・アイク著  ヒカルランド
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別バージョンの自分達2


zeraniumのブログ より


私は別次元に「複数の私」という存在を持つ

   1993年に天王星と海王星が一直線上に並び、巨大な光の津波となって、地球に強烈な電光を送り込みました。その結果、人間のDNAにおける第三の螺旋状(らせんじょう)の束の、潜在的な可能性を活性化しました。これにより、光がコード化されたフィラメントが束ねられ、やがて回復されるべき12本の螺旋のうち、第3の螺旋状の束ができたのです。

   そして、あなたが自覚している自我を、多次元の自我に接続する電流が活性化されたのです。あなた方はものすごいほどの加速の時代を迎えようとしています。現在のところ、人間は、自分が数多くの次元に存在していることはもとより、人間として何度も生きるのだ、ということすらほとんど理解していません。

   人間の自我とは、一つの中心的な魂を構成する数多くの生命形態の集合です。
   つまり、あなたという存在は今のあなたとは別に、数多くのあなたが、三次元を含め多次元にわたって存在しているのです。彼らもまた、あなたと同じように、さまざまな体験を通して学んでいます。いずれあなたは、これらのあなたのヴァージョンと融合し、一つの調和のとれた集団を形成することになります。

   地球が新しい方向に飛躍するとき、あなた方地球の住民は、新しい波動についていくことができずに破滅するかもしれません。あるいは、彼らも変化することを開始して、魂の別ヴァージョンに自在に成りきり、融合する能力を身につける準備をするかもしれません。あなた方はこれを達成する先駆者であり、自分自身のさまざまな姿と出会うことになるでしょう。それは実に、いろいろなあなたが存在するのです。

   思い出してください。
   あなたはさまざまな現実において自己表現を探求する、より壮大な知的集合体の一部です。現実のさまざまな体験を深く理解するために、複数のあなたはそれぞれに人格をもち、それぞれの環境と現実のなかで学んでいるのです。ですから、あなたがすべての現実において「よい人」であるとは考えないでください。実際の話、あなたが「悪い人」であるときのほうが、「よい人」であるときより、多くの情報という宝を得られることもあるのです。

   「善良な人」であるときには、あまりに内的すぎて、外部で何が起ているのか全然わからないこともあります。こうした発見によってショックを受け、自分を追い込む必要はありません。これらの発見が、あなたに新たな関心を与えて、より多くの知識を手にし、何かあなたのためになるものをもたらしてくれるように意図してください。

   あなた方は自分の賢さを、自分に隠しています。
   あなた方は現実を自分でつくり出すにおいて、どんな現実をつくるかに注意する必要があります。また自分の分身をいくつくらいの次元に存在させるのかも監視する必要があります。ただぶらぶらして、何かが起きるのを待っているふりをしている自分を、どうにかしなければなりません。さまざまな考えがあなたの頭の中を駆け抜け、あらゆる情報がもたらされますが、そうしているあいだにも、常に、現実を創作していることに気付かねばなりません。

   あなた方は自分自身の信念を自分に隠しています。
   あなたの力を自分に隠しています。思い出してください。あなた方人間という「種」全体が、テレビと教育体制によって、自分自身の無力さを信じるようにプログラムされ、操作されています。「自分の現実を自分でつくるなんて、そんなことができるわけないし、ある種の状況では自分ではどうにもならない」と考えたりする「罠」にはまり込まないでください。

   あなたの体験がいかに壮大なものであるかを思い出さなければなりません。
   困難に思えたり、一見悪く見えることにも、参加すると同意している場合があるのだということを思い出してください。実際、あなたが「難しい」という言葉で表わす体験の背後には、多くの場合、魂を高める要素があります。思い出してください。あなたが創造する「すべてのことがら」には、チャンスがあるのです。

   多次元に存在するあなたとの融合を体験するときには、次のように言ってみるとよいでしょう。「聞いてください。私は人間の一人で、人類の進歩のためにはたらいています。私は自分を進化させ、よりすぐれた能力を身につけ、すべてがもっと簡単にできるようにしたいと思っているのです。私自身に恩恵をもたらし、私が接触するすべての人々、つまり全人類に恩恵をもたらし、私たちが進化するための場所を提供してくれている、母なる大地である地球に恩恵をもたらせるように、これらの能力を使うことを意図します。」 

   もし、入ってこようとするエネルギーがあなたの基準に合わなければ、あなたから離れていくか、理想的には、考え直して自分を変えようとするでしょう。多くの場合、エネルギーは癒しを求め、愛を求め、自分が知らないことを学ぶためにやってきます。あなたは蝋燭(ろうそく)の炎のようなものです。あなたのさまざまなヴァージョンは、夏の灯に飛んで入ってくる虫のように、あなたに惹かれてやってきます。彼らは火の中に飛び込み、あなたが彼らを変貌させるのです。


「プレアデス+地球をひらく鍵」 バーバラ・マーシニアック著 太陽出版 から抜粋










別バージョンの自分の記憶を持つ人たちの体験談12コ


①いたはずの友人
172 :本当にあった怖い名無し:2010/09/25(土) 23:04:08 ID:1zEwoAn6O
小4の時、夏休みの終わりまでA子って子がいた
俺と兄貴・友人B、Bの姉C子はAと近所で、普段から近所の爺婆にみんな兄弟のように面倒みてもらってた
でも、小4の夏休みを境にA子が消えていた
近所の爺婆も学校の奴らも「知らない」と答える
俺と兄貴・BとC子はA子の事を二十歳を過ぎた今でも覚えてるが、周りの記憶から消えたようにいなくなった
細かい事は省いたが、まるで4人だけパラレルワールドに入った感じで今でも謎
狐や狸に化かされたとか、三文小説によくありそうな話ですみません
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