空色ノート
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ニューエイジ、スピリチュアルという名の宗教

zeraniumのブログより

   ニューエイジは、主流の宗教からは非難されているが宗教には変わりない。
   新しい政治形態だと主張しつつも、旧来の政治と変わらない「緑の党」と似たようなものである。私はニューエイジのことを「金鉱を目前にした袋小路」と呼んでいる。型通りの宗教を拒絶し、心(マインド)を打ち破って根源意識につながりかねない危険な人々を、待ち構えて捕らえるために存在しているのがニューエイジなのだ。ニューエイジは、我々は一体であり、死はなく、創造物は異なる密度、周波数帯域から構成されていると主張している。つまり、これまで人間の目をふさいでいたヴェールを見透かして、真実に近づき過ぎている人々であるが、彼らがさらに根源意識へと進まないように罠(わな)が仕掛けられたのである。

   ニューエイジが、工作された「花の力」(フラワー・チルドレン)と言われる時代に登場したのは、1960年から1970年代のことだった。アメリカの軍や諜報機関の家柄から異常なほどたくさんの有名ミュージシャンが出現し、「自由恋愛」と「ヒッピーの反抗」の時代を築いては盛り上げた。その一例が、ドアーズ(アメリカのロックグループ)のリードボーカルをしていた故ジム・モリソンである。彼の父は、1964年にベトナムのトンキン湾で米国艦隊を指揮したジョージ・スティーブン・モリソン提督である。

   この艦隊は、北ベトナムから攻撃を受けたと主張していたが、それは事実無根であった。リンドン・ジョンソン大統領はこの嘘を口実にしてベトナム戦争を拡大し、大量の死者と破壊を生み出した。その当時この米艦隊の上を飛んでいた飛行士の一人で、飛行隊の指揮官だったジェームズ・ストックディルは1984年の「愛と戦争」という本の中でこう述べている。
   「私はその事件を目撃するのに最高の場所にいた。我がほうの米駆逐艦は、何もない仮想標的に向けて射撃していたのだった。そこには(北ベトナムの)船舶はなかった。・・・。そこには黒い水とアメリカの砲撃以外には何もなかった。」

   「花の力」(フラワーチルドレン)は反戦運動を乗っ取り、その力を薄め、脇道に逸らせる目的で起こされた。60年代の「革命」については、「ローレルキャニオンとヒッピー世代誕生の奇妙でほぼ真実の話」という素晴らしい記事がインターネットにあるので推薦しておく。検索エンジンで、”The Strange but Mostly True Story Of Laurel Canyon and the Birth of the Hippie Generation”と入力すると見つかるはずだ。この時代に関するまったく新しい観点が得られるし、当時のヒーローたちの背後に軍・諜報機関があったことも分かるだろう。

   このヒッピー世代から生まれたニューエイジ運動は、ヘンリー・キッシンジャーなどイルミナティ内部者による舞台裏の努力で拡大した。このことは、その当時キッシンジャーの近くにいた人物から私が確認した事実であり、彼らにとっては脅威であるところの、本当に目覚めつつあった人々を捕らえるために新しい宗教を必要としていたことがわかる。一時ビートルズの教祖的存在であったマハリシ・マヘッジ・ヨギのような、東洋の神秘的詐欺師を西洋に連れてくることで関心を持たせ、ニューエイジの拡大に力を注いだ。

   まもなく、ニューエイジ信者はその袋小路の中で、崇拝対象となる新しい教祖と神々を次々と発見していった。いわゆる「ニューエイジ」の中には本物の人物も多く存在するが、詐欺師や夢想家や、単に誤誘導するために送り込まれた人物も、うじゃうじゃと溢れていた。この偽りの自由に大勢の人が騙され、服装に至るまで染まっていった。ニューエイジは独自性を表現する権利を基本としていたはずだが、かなり離れていても着ているものを見るだけでニューエイジ信者だと識別できる状態だった。何を着ようがかまわないが、事実上の「制服」のようなものを着ることと、独自性の思想を折り合わせることは困難である。

  「ニューエイジ」は明らかに「ニュー」ではなく、古い宗教と同じプログラムに従う宗教に過ぎなかった。表向きの見かけの無秩序さは、古い宗教を基盤としている実態を覆い隠していた。ニューエイジはあらゆる宗教と違わず、何か、誰かを崇拝することを基盤としており、その結果当然信者は、自分をその一部ではなくそれより劣った存在に見ていた。「みんな一つ」になるとか、「自分の力を取り戻せ」といった言葉をよく耳にするが、私が知る限りニューエイジの究極の目的はそうではなく、しばしば究極以下の目的でさえもない。人々は教祖や神を歓喜して崇拝し、エネルギーを捧げている。


        「ムーンマトリックス」覚醒篇④ デーヴィッド・アイク著 ヒカルランド

                          抜粋



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真実の人😊
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シュリー・ラマナ・マハルシ(サンスクリット語:रामन महर्षि、タミル語:ரமண மகரிஷி)は南インドの聖者。(1879年12月30日 - 1950年4月14日)

解放に到達するための直っすぐな道として真我の探求を推奨した。アートマンは「真我」をヴィチャーラは「探求」を意味する。
「私は誰か?」という問いかけによる実践的な真我の探求(アートマ・ヴィチャーラ)を推奨した。肉体を自分であると誤ってみなしているエゴである「私」の根源を探求することで、「私」が根源である真我に溶け込み、消え、純粋な意識であり絶対的実在の真我のみが残る。これは、ヴィチャーラ・マールガ(探求の道)またはジニャーナ・マールガ(知恵の道)と呼ばれる。この探求は、常に自らが真我であることに気づくために行うものであり、新たに真我を作りだしたり、真我を獲得するということではない。ただ、真我を覆い隠している障害物である「私とは肉体である」という思いを核とする様々な思いを除くだけである。マハルシは、自らが真我であるのに真我であると気づいていないことを、不可思議の中の不可思議と表現している。
しかし、言葉での教えより、マウナ(沈黙、静寂)こそが最も力を持っているとたびたび語っている。
真我の探求に困難を感じる人などには、他の修行の道を否定せず、自身が最も行いやすいと感じる修行をすればよいといい、様々な修行にも寛容な態度をとった。

アシュラムの周りに住む動物にたいして優しく接していた。アシュラムの敷地内には現在もマハルシが作らせた鹿、カラス、犬、牛のお墓が大切に残されている。また、必ずしも動物が人間に劣っているわけではないとも述べている。アシュラムで飼っていた牛のラクシュミーが亡くなった際、マハルシは「ラクシュミーは解放を得た」という文をラクシュミの墓碑に刻んだ。

特別扱いされることを好まず、平等を重視していた。食事のお布施のある場合は、かならず皆で平等に分配し、特別に自分だけに用意された食べ物は受け取らなかった。自分の食事が人より多く盛られているのに気付くと、厳しくしかった。医療もアシュラムに住む人が自分と同じ扱いを受けられるようになってはじめて、受けるようになった。
※wikiより



ラクシュミーと
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おサルと
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リスと(左太もものところ)
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