空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

誤魔化しがきかなくなってきている

the PLANET from NEBULAより


バシャール:今必要なツール

全ての”未知”なる発見は、”貴方”のエッセンスの再発見となります。詰まり、何だか分からない事や、何が起こるか予測付かない事に不安を覚えたり、過剰に怯えてしまったりする事があると想いますが、『怯える必要は全く無い!』と、バシャールは言い切っています。貴方が自分の波動として取り込んでゆく”波動”は、貴方に取り込まれるべくして存在する波動です。人生とはまさに、自分の断片を再発見しては、自分の波動として取り込んでゆく事にあるのです。ですから、貴方自身を見失ってしまったとしたら、誰が貴方の波動を見つけて突き進んでくれるのでしょうか?

アストラル界に作った自分の分身であるハイヤーマインドを、私達は随分長い間ほったらかし状態にしてきたと、バシャールは話しています。数十年前までは、それはそれで十分生活出来たと話しますが、近年、私達の体はどんどん精密化され、繊細な体へと変化しています。10数年以上前の地球では、小さな石ころや不純物が混入した波動を取り込んだとしても、十分機能してきたと、話します。しかし最近では、貴方以外の波動(不純物)が微小混入しているだけで、それだけで重大な損傷が起こってしまうようになってきたのです。よって、取り込める波動自体も、不純物の少ない高波動が必要となっているのだと、バシャールは説明しています。

前回ご紹介した心の不純物を浮き彫りにする”許可証”は、バシャールが私達地球文明に贈る、最新のツールであり、2015年になる間際に発信されたツールです。詰まり、今の私達に将に必要なツールと言えるかも知れません。



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zeraniumのブログより



「バシャール10」「怖れ」の陰に自分の固定した観念がある


  Q、何か選択しなければならない時に恐れが湧くのですが、どうしたら信頼できるでしょうか。

   まず第一に、覚えておいてください。
   あなたは常に何かを信頼しているということです。「怖れ」というのは、信頼が欠如している状態ではありません。それは、その信頼の対象が、真実のあなたと一致していない、あるいは一致できない、ということです。

 
   あなたが「怖れ」を経験しているのであれば、それを見ていく方法はいくつかあります。
   まず「、自分がどんなことを信じ込んでいるので、あるいは自分の中にどんな観念があるから怖れが生じるのか」、それを見つけてください。

   
   こんなふうに自分に尋ねることもできます。
   「私はこの選択をすることで、どんな否定的なことが起こると信じているんだろう」と。もし自分の持っている定義づけをはっきり見極められないとき、それを明確にするのを助けるテクニックがあります。それを私たちは「最悪のことを考える実習」と呼んでいます。自分の中にその観念を発見したら、それが起こる必要はないということに気づいてください。

   起こる可能性はありますが、そのようになる可能性はないのです。
   「観念」というのは、あなた方が教えられてきた定義づけにすぎません。自分が持っている定義を発見することができれば、それを自分の好ましいものに変えることができます。

   テスラという人がこの地球上に生きていたことがあります。
   (ニコラ・テスラ、1856~1943年、回転磁界の原理を発見したユーゴスラビア生まれの科学者) 彼は、尽きることなく無限の電磁場を作り出す方法を発見していました。しかし彼が生きていた時代は、世界的な権力組織や政府の中にまだ大きな怖れを抱えている時代でした。(未だにそうですが)

   これらの権力組織やそれに追随する企業や政府などは、実際には真の意味でのパワーとつながっているわけではありませんでした。ですから、このテスラの大発見を使えば、地球上の人類すべてがよりパワフルになるほどのすばらしいことであると理解する代わりに、彼の業績を認めてしまうと自分たちが力を失ってしまうことになる、と怖れたのでした。そこで、多くの人々や企業などが、テスラの発明を実現化することを妨げたのです。

  
   このようなシナリオは、今までにも地球上で何度も起きています。
   そして現在も起きています。このような怖れ、このような態度は、世界権力組織や政府、企業が「世界には全員に行きわたるほどの充分な資源はない」と信じていることから生み出されています。しかも皮肉にも、その観念そのものが「怖れ」からやってきているのです。

   彼らは「怖れ」と「観念」の「無限の悪循環」を造ってしまいました。
   つまり怖れが、「充分に行きわたるだけのものはない」という観念を造りだし、その観念
が、「充分にはない」という怖れを造ります。その怖れからまた、「充分に行きわたらない」という観念が生まれます。つまり悪循環なのです。

   でもたくさんの人々が霊的に成長し、それに従って気づき始めています。
   「みんなに行きわたるだけのものが充分にあるのだ」と。「無限の宇宙には、無限の豊かさがあるのだ」と。「この宇宙にはすべての人々が受け取れるだけのものが充分にある」ということを信じていない人々は、無限の宇宙の存在も信じていないことになります。つまり創造主は愚かな存在だ、と言っていることになります。

   なぜなら創造主は、無限というものを創ったのにもかかわらず、その無限が続くために
充分なものを創らなかった、と彼らは思っているからです。無限というが、本当は無限ではない、と彼らは言っているわけです。これが、「怖れ」から生まれた非合理的な考えなのです。

   でもあなた方が霊的に成長し、気づきを増すに従って、考えを変えていくことができます。もし「この宇宙が無限である」という定義づけに沿って考えたとき、「この宇宙にはみんなに行きわたるだけのものがある」ということになります。

   「ちょっと待って、この地球は宇宙のすべてではないし、宇宙の中のほんの一部にすぎない」と言う人がいるかもしれません。でも霊的な洞察が増していくと、この宇宙の魔法のような側面を理解し始めます。「無限の宇宙のあらゆる部分、それらもまた無限だ」、ということを。ここに無限の持つパラドックス(逆説)があります。つまり、全体は部分によって創られており、同時に、各部分は全体を映し出しているということです。

   部分が全体と分離している、というのは幻想にすぎません。
   「創造のどの一部分も、一部分のふりをしている創造全体」なのです。この非常に重要な特質を理解してください。このような考え方は「個人」という考え方にも共通します。ひとり一人の個人は、「大いなるすべての、一つのパーツのように演じている、無限の創造全体」なのです。ひとり一人の個人は、「創造全体がもつさまざまな視点」なのです。

   つまり、無限の創造は、自分のさまざまな部分を、それぞれの個人、場所、物の中に見
いだしているのです。というわけで、私たちの世界では、個人、創造の中のすべてのものを「神の眼」と呼んでいます。あなた方ひとり一人が「神の眼」の一つなのです。ひとり一人が、自分を体験している創造の一側面なのです。

   このことは、あなた方ひとり一人がいかにパワフルであるか、ということを理解する鍵になります。このような気づきを通して、あなた方が本当に望んでいる世界を創っていくことができます創造というのは、クリスタルのようにさまざまな面を持った大きな存在といえます。
クリスタルは、浄化された意識や情報を象徴しています。そういうわけで、霊的なことに興味を持つ人の多くが、クリスタルに非常にひかれるのです。



               「BASHAR 」 チャネル ダリル・アンカ
                       VOICE新書刊
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