空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

前世とか転生とかカルマとか

zeraniumのブログより



「セスは語る」魂が永遠であるということ ジェーン・ロバーツ著 ロバート・F・バッツ記録 ナチュラルスピリット

  あなた方の現在の人間関係や、生きる姿勢、体験には内なる論理が存在します。
   たとえばある転生において、あなたは男性として生きており、女性を毛嫌いしていたとします。すると次の転生ではほぼ間違いなく、あなたは女性として生まれることを選択するようになります。なぜだかわかるでしょうか? つまりこうするよりほかに、男性であるあなたが「女性であること」を理解し、体験できる方法はないからです。そして女性として生まれたあなたは、かつて男性であった時に女性に対してとっていた態度に、今度は自分自身が直面することになるのです。

   また、もしあなたが病人への思いやりを欠いていた場合、次の転生では、深刻な病気に罹患(りかん)して生まれて来る場合があります。つまり、かつて自分が病人に対して向けていた態度を、今度は人から向けられるという立場をとることで、病人であることを理解するためにあなたはそれを選んで体験するのです。しかし病人という在り方は、たいていそれ以外にも問題をはらんでいる場合が多いようです。いずれにせよすべての在り方は、たった一つの理由から採択されるわけではなく、同時にたくさんの精神的な体験に貢献するのです。






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Q、 カルマについて話してください。 

   まず第一に、すべてのカルマは自分で勝手に創っているものです。
   「すべてを選ぶのは自分である」ということを忘れないでください。すべてのカルマもあなたが選んだものです。カルマとは「バランス」のことです。それは「バランスよく調整されなければいけない動的な力」という意味です。自分が捕らわれの身になるということではなく、カルマをバランスするということが大切です。こういうことをしたから、こういう報復が返ってくるという意味では必ずしもありません。バランスをとる方法はいろいろあります。

   ひとつの人生の中で自分がネガティブ(否定的)なことをすれば、次の生ではまったく同じことが起きなくてはならないという考えの人がいますが、あなた方にとって確かにいままではそういうことが真実でしたが、必ずしもそうである必要はありません。 たとえば、ひとつの人生の中で殺人をします。次の人生で殺されることになったとします。しかし別な方法で、このカルマのエネルギーのバランスをとることもできます。つまり、また殺人を犯そうとする人が、殺人をしないように防いで助けることにより、同じバランスが作られます。そうすると次の人生で殺される必要はなくなります。

    自分の周波数を変えるためには、そして自分を高い存在に進化させるためには、すべての体験のバランスを取る必要があります。カルマはあなたの鎖になるようなものでは決してありません。逆説的に思えますが、真実はこのようなものです。自分が体験している真実というもののすべては「自分が創り出している」ということに気がつけば、もうカルマ的な結びつきという考えを信じる必要はなくなります。自分には選ぶ、選ばない自由があるということに気づくと、それがあなたのカルマを切ることにもつながります。つまりそういう自由があるということに気づくとき、否定的な行動をする必要がなくなるわけです。

Q、 この人生はすべて自分の選択で動いているということはわかりました。
   今私がこの世に生まれてきて、日本人で、しかも男で、しかも障害者であるという選択はどこの時点で行なわれたのでしょうか? それはどういう意味を持っているのでしょうか? 
 

   この肉体を持って産まれる前に選択しました。
   自分自身をそういう制限の中にはめることによって、強さをみんなに示すためです。あなたはこの世界で、本来なら何回も生まれ変わって自分に課するような制限を、この一回の人生でやっています。ですからこの人生が、あなたのバランスをとる人生となることができます。そして自分を一番変革できる人生になります。

   自分の力を、こういうことを通して見せることによって、自分のまわりにいる人に強さを見せています。そういう強さを見せてくれて、私は本当に感謝しています。今までと同じように自分のハートを、心臓を、より強く動かしてください。そしてその情熱をみんなに見せてあげてください。あなたの愛する鏡としてみんなに見せてくれることによって、まわりの人にたくさんの愛と強さを見せてあげることができます。あなたの光に感謝します。

Q、 私が死んだらどうなりますか?
   また人間としてここへ戻って来るのでしょうか?  


   もし戻って来たければ、そうなります。
   他の世界に行ってその文明の一員になることもできます。あるいは肉体を持たない魂として残ることもできます。また別の意識レベルに行くこともできます。あなた方がこの地球上に何回も、何回も戻ってくるのは、自分自身に制限を作っていて、「本当は自分は自由でどこにでも行けるんだ」、ということを自分に知らないからです。常に、いつでも、あなた方は選択する力をもっているということです。それを覚えていれば、あなたは自分の行きたいところへ行けます。







『魂の法則』 ヴィンセント・ギリェム著 ナチュラルスピリット

Q、 現在の人生に、過去世がどのように関係しているのですか?

   宇宙的な法則があり、それを作用と反作用、原因と結果の法則と呼ぶことができるが、その意味は、「魂は与えたものと同等のものを受け取る」ということである。それは「自分が他者にすることは自分自身にする」という意味である。つまりそれぞれの魂は、自分が創り出した状況に同じように立ち向かわねばならないということであり、ゆえにあなた方が人生で直面する逆境の多くは、前世で自分が創り出した原因の帰結であり、あるいはその影響なのである。

   魂はさまざまな宇宙の法則や、万物の生命に反する自分の行為が招いた状況に向き合い、それを解決しなければ、霊的な進化において前進することができない。「自由意志の法則」のゆえに、魂には自由な選択と決断が認められているが、自分の行為の1つ1つがそれぞれの結果をもたらし、遅かれ早かれそれらは自分に戻ってくることを知らねばならない。あなたは好きな種を自由に蒔けるが、いずれはそれを自分に刈り取る責任があるのだ。

   もし自分が他者にしたのと同じことをされるのがイヤなら、それはいいことではなかったのだ。自分にとって善くないことは、他人にとっても善くないのだ。自分にして欲しくないことは、他人にもしてはならないわけで、自分がして欲しいと思うことを、他人にもすることである。なぜなら結局は、それは自分自身にしたのと同じことになるからで、すべてのことは実は自分自身に対してしているのである。

Q、 ですが、この法則が一般的に適用されているようには見えません。 よく知られた殺人鬼や犯罪者だけでなく、陰謀による大量殺戮者が、1度も裁判にかけられることもなく、歳とって穏やかに亡くなっているのはどうしてでしょうか?

   確かに今世だけの人生では、特に権力の座を占める者たちの場合、多くの犯罪行為が裁きを逃れて人生を終えてしまう。だから「裁き」が存在していないような印象を与える。しかし他者を傷つけて「愛の法則」に反した者は、その後の転生で、自動的に自分のしてきた行為の結果と向き合うことになる。

   ある統治者が自らの判断から戦争を招き、大勢の人々を拷問したり死刑にする命令を下したとする。しかし権力の座にあることから地上のどの裁判でも裁かれることがなく、有罪とされることもなかった。だがどのような人生も、「宇宙の法則」に対する違反の帳尻は合わされなければならず、作られた借金はその後の転生に持ち越されることになる。かくしてかつての死刑を命令した執行人が、明日は一見無実の犠牲者となり得るのである。

Q、 なぜ時間的なズレが必要なのですか? 
   行為とそれの引き起こす反動が続いたほうが、もっと公正だと思うのですが。


   実は、反作用は行為の瞬間に自動的に起動しているが、ただちに効果を発揮するとは限らない。行為は「霊的な実り」と「霊的な負債」であるが、その「収穫」は魂が自分を試す期間、つまり人生が終わるまで延期されることが多い。基本的に償いは、魂が自らの言動を自覚した時に始まるものである。人生が終了すると、法則に反した行為の重みから、魂は自分と似たような性質を持つ他の魂たちがいる、アストラル界下層レベルに留まることになる。「愛の法則」と調和できず、お互いに傷つけあうレベルであることから、そこでの生活はかなりの苦悩と不幸に満ち満ちたものとなるが、そこで更生の決断が待たれることになる。

Q、 魂は他者に与えた害を、どのようにして自覚できるようになるのですか?

   魂は肉体の死後、終えたばかりの人生の間に起きた、もっとも道徳的な部分に関わる出来事を徹底的に回顧させられることになる。魂は自分が行ない、経験してきた1つ1つの出来事において、その時の自分の気持ちだけでなく、自分の行為に影響を受けた他の人々の感情や思いをも感じ取り、その人たちの喜びや不快、悲しみを自分のことのように感じるのである。その目的は自らの行為が愛によるものであったか、エゴからであったかを回顧するのだ。そしてその転生で取り組んだどの点に合格し、何が不合格であったかを知るのが目的である。

   つまり魂は罰されたり、蔑(さげす)まれたりするのではなく、生命に対する行為を自覚できるように、魂自身の意志により自発的に、与えた損害を修復しようと決意するまで待たれねばならない。しかし遅かれ早かれそれに立ち向かい、犯した過ちを償わねばならない。そして過ちの償いがされるまでは、新たな試練には立ち向かうことができないのである。

   しかし実際には、矯正する意志をまったく見せない魂が沢山おり、彼らはそのために下層アストラル界(低層4次元)に停滞してしまい、更生の段階を踏まないですぐ再び地上に転生してしまうのだ。こうした魂は、たとえ更生のプロセスを開始したとしても、善と親和する意志力が弱いために厳しい試練には耐えられない。しかし一般的に「負債を持つ」魂は、前世で自分が生み出したのと非常に似た状況を、再び身を持って体験することになる。

Q、 理解できるように、例を挙げてください。
  
   よろしい。
   ある魂が、18世紀の白人の家庭へ転生した。その家族は大農場とそこで働く奴隷たちを大勢所有している。おそらくここへ生まれた魂は親の教育によって、奴隷たちも自分たちと同じ人間で、同じように感じて苦しむ人間なのだということに気づくことはない。また個人的な利益のために、他の生き物たちの意志を蹂躙(じゅうりん)してはならないことや、それが自分と同じ人間の場合にはさらに悪質な行為であることに気づくことができない。そのために奴隷制は、「愛の法則」と「自由意志の法則」に反する行為であることに思い至ることもない。

   この魂が大人になり、若主人となった時、彼に「奴隷を所有することがいいことか」と尋ねたならば、おそらく彼は「汚なくて無知な奴隷と、そうでない領主をなぜ比較するのだ!」と言い、彼の自尊心を刺激して怒らせてしまうだろう。「汚くて無知な奴隷」という価値感は、彼が積極的に維持してきた状況である。つまりもしこの状態が妥当だと思えるとすれば、それは逆の立場からもこの状況を経験することに同意していることになる。

   その結果、更生のプロセスを踏まず、以後の転生で彼の魂は、自分の家族に隷属する農奴の息子あるいは娘として生まれ、今度は奴隷であることから生じる苦悩を身を持って体験することになる。そして今度は奴隷となったこの魂に、奴隷制は良いことかと尋ねてみると、彼はそれは非人道的なことだと語る。そして、「神よ、なぜ私をこんな苦悩の中に置かれるのですか?」と、自分の不運を嘆き悲しむことだろう。

   結局、この魂は自分が蒔いた種を刈り取っただけなのである。
   しかしもし彼が、この経験から有益な教訓を引き出すことができたなら、仮に再び大農場の領主となり、社会の状況を変えられる立場になった時に、自分が前世で内的に学習したことを思い出し、あるいは奴隷制度の廃止に尽力するかもしれない。

Q、 この例から、奴隷は前世では、奴隷制度を利用していた領主だったかもしれないという推測ができますね。

   そう、そして領主が奴隷なのだ。
   自分の自由が尊重されるために必要なことは、どのような状況であれ他者の自由を敬うことなのだと気づくに至るまで、同じレベルの魂のグループが、多くの人生において互いに立場を交代しながらその学びを経験することになる。そしてすべてのことがこのようになっている。

   しかしこれは懲罰ではなく、学習の形態であると言っておく。
   そこには復讐や罰などはなく、宇宙の法則の目的は、他人に行なった行為を自ら体験することを通して、他者の気持ちも理解できるようになり、魂の進化を促進させることにある。愛の法則に反するカルマを清算し終えるには、より多くの転生が必要となってくるが、彼らを指導するガイドの霊たちは、負債をより楽に払い終える道を勧める場合が多い。しかし大抵の場合、魂は犯した過ちの呵責の苦しみから早く脱け出したいがために、カルマを早く消し去ることを急ぐ余り、より厳しい試練を選ぶ傾向にある。

   いずれにせよ、魂は試練に向き合うことを承諾せねばならず、うまく乗り越えられるように準備を整える。








『古代霊は語る』シルバー・バーチの霊訓より 近藤千雄訳編 潮文社

Q、 私たちが地上で犯す罪や過ちは、必ず地上生活において報いを受けるのでしょうか?

シルバー・バーチ  その場合もありますが、そうでない場合もあります。
             つまりそれは因果応報、因果律ということですが、必ずしも地上での生活の間に成就されるとは限りません。しかしつくられた原因には必ず結果が伴うので、それは必ず成就されます。そこに時間的なずれが見られるのは、その出来事の性質によっては適切な状況が必要になってくるからです。

   しかしその作用には情状酌量といったお情けの入る余地はなく、ほとんど機械的に作動します。自分の行為は自らの霊に記録されてそれなりの結果を生み出すので、それだけ苦しむことになります。そこにはさまざまな事情が絡んでおり、そうした複雑な構造の中で行なわれる因果律ですが、因果律の根本的目的が霊性の進化にあることだけは確かなことです。

   神の法ともいうべき「宇宙の法則」が支配していないところは、この宇宙のどこを探しても存在しません。それはあなた方人間の人智の及ばないところまでも、完全にその法則が支配しているのです。大自然の法則は完璧です。私たちはただその働きを知っているに過ぎません。原因があれば結果があり、その結果が新しい原因となってまた次の結果を生み出していくという法則です。その間には何者も介入することを許されず、偶然もなければ、運不運もありません。ただ法則があるだけなのです。


Q、 ある人は汚いスラム街に生まれ、またある人は美しいものに囲まれた環境に生まれますが、こうした不公平はどうなるのでしょうか?

   あなた方の誰もが、富んだ生活や貧しい生活を等しく経験してきています。
   大切なことはその経験が魂の進化を促すことにあるので、そうした機会はあなた方すべての人々に等しく与えられています。そうした環境は物質的なものさしで言えば不公平と見えるかもしれませんが、肝心なことは、その環境を通じて「魂の因縁」を解消していくことにあります。因果律は魂の進化のためにあります。環境が厳しいほど魂は強くなり、悟りは環境との闘いの中から生まれるのです。そのことを知る偉大な霊魂は、あえて厳しい環境を選ぶことがあります。


Q、 大きなカルマ(業)を背負って生まれてきた人間が、何かのキッカケで愛と奉仕の生活に入った場合、その業(ごう)がいっぺんに消えるということはあり得るのですか?

   自然の法則の根本は、あくまでも原因と結果の法則である因果律です。
   カルマもその法則の働きの中で消されていくのであり、途中の過程を飛び越えて一気に消えることはありません。原因があればそれ相当の結果が生じるもので、その結果の中に次の結果を生み出す原因が宿されており、因果律はほとんど機械的に作動します。しかし質問にあるように、その後の生き方によっては業の消滅を早めることができるでしょうが、一度にというわけにはいきません。愛と奉仕の生活を積み重ねていくうちに徐々に消えていき、やがて完全に消滅するでしょう。業という借金をすっかり返済したことになります。








『過去世リーディング』 高江洲 薫(たかえす かおる)著 VOICE

   しかし希望に満ちた日々から一転、思いもよらない事故が私を奈落の底へ突き落としたのです。それはまるで、これまでの喜びはうわべだけのもので、お前のやるべきことではないと言われたかのようで、突然、道を閉ざされたかのような大事故だったのです。

   それは忘れもしない20年前のある冬のことです。
   ストーヴの火が元で自宅から火の手が上がり、またたく間にすべてのものを失ってしまったのです。その中には大切な家族まで入っていました。ほんの1時間前までは元気に笑い合っていた家族が、突然、この世から消えてしまった――この苦しみをいったいどのように表せばよいのでしょう。私自身もこの火事で大やけどを負って入院したのですが、痛み止めを一切拒み続けていました。そうすることで、家族を助けられず生き残ってしまった自分に責め苦を与えていたのかもしれません。

   この事故を体験するまで、私は自殺する人を弱い人間だと思っていました。
   なぜなら魂が引き裂かれるような苦しみや悲しみを抱えた人たちの心を、理解していなかったからです。そして私自身がこの体験を通して、辛い現実から逃れようと何度となく死ぬことを考えました。駅のホームや高い建物に行くと、死にたいという誘惑に駆られ、何度もすんでのところで思いとどまったのでした。事故から1年が経とうとしていたある晩、生きる気力を失っていた私を大きく変える出来事が起こりました。2歳半で亡くなった娘が夢に現れて、こう言ったのです。

   『パパね、死ぬっていうのは、セミの幼虫が抜け殻を割って飛び立つのと一緒なんだよ。ママと私は苦しくない。残されたパパが一番つらいんだよ』

   娘のこの言葉に、私は何があっても生きようと決心しました。
   そしてこの事故の体験にはきっと何か意味があるはずだと考え、それからその後何年も生きる意味と自分の使命を探し求め続けたのでした。

----略----

   以来、さまざまな方のリーディングをするようになり、多くの人々が原因のわからない病に苦しんでいることを知りました。そのうちの女性の1人Yさんも、10年以上にわたりパニック障害に悩まされていました。過去世を見ると、彼女は1世代前の過去世において、裕福な家庭に育ったフランス人男性でした。ヨットを所有して豊かな暮らしをしていましたが、両親からの愛情にはあまり恵まれず、淋しい思いをしていました。この男性はある時、仲間たちと開いたパーティで1人の女性に惹かれ、強くアタックしてつながりを持つことができました。しかし女性はいまひとつ気が乗らず、そのために仲を取り持ってほしいと彼は友人に頼んだのです。

   そこで友人がその女性に近づいたのですが、結局、友人のほうがこの女性と相思相愛になってしまったのです。Yさんの過去世である男性は、この友人と2人でヨットに乗っている時、その女性との関係を打ち明けられたのでした。しかし男性は最も信頼していた友人に裏切られたことに憤慨し、謝り続ける友人を殴りつけ、海に突き落としてしまったのです。この事件は結局、男性の父親の力でもみ消され、表に出ることはありませんでした。

   リーディングを進めるうちに、Yさんの過去世での友人であったこの人が、今世ではYさんの父親となっていることがわかりました。今世の人生では、Yさんは幼い頃からいつも、家庭の中でピリピリしている父親の顔色をうかがいながら過ごしていました。父親はYさんに対して愛情表現がうまくなかったのか、どちらかといえばYさんに対して無関心でした。過去世リーディングを終えたYさんは、想像もしていなかった過去世と父親との関係を知り、最初は呆然としていましたが、なぜ父親とぎくしゃくした関係だったのかの謎が解けたようでした。

   その後、「長い間、”わけのわからない不安”を持って発狂しそうな状態にあったのが、過去世を知った翌日からそれがピタリと止んだ」との連絡を受けました。またリーディングを受けた直後から、劇的に父親との関係が変わり、「今は父が大好きです」と嬉しそうに話してくれました。後日談ですが、Yさんは以前、友人と南フランスに旅行に出かけ、帰国してからすぐにパニック障害が発症したことを、リーディングを受けた後に思い出したそうです。

   私たちの身に起こるさまざまな状況や体験は、決して偶然ではありません。
   どんな出会いにも、どんな出来事にも必ず意味があるのです。

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