空色ノート
人類が偽りの世界(マトリックス)から解放されるためにブログを綴っています。同じ目的意識を持った皆さま、どうぞご協力お願いいたします。

原因と結果2

以下の話を読んでいて、非常に感慨深い気持ちになりました。
人生で起こることは、表面だけ見ていても何も分からないということです。
実は最近、過去のことを思い出してそのとき関わっていた人たちを責める気持ちが浮上してきて、ずうずうしくも「私は悪くない!被害者だもん!」って、自分を正当化する感情に浸っていました。
でも違う、やっぱりそれは違う!起こることには全て、全て!意味があり、ただ怒りや悲しみをぶつけるだけでは何の解決にもならない。
出来事をしっかりと謙虚に受け止められる柔軟性を持った人だけが解放を得ることができるのでしょう。

・・・それにしても、私たちはスピリチュアルなことをあまりにも知らなすぎる。怪しいことと捉える人の方がまだまだ圧倒的に多い。
本来なら学校で絶対教えるべきことだと思うのに。それほど大切なことなのに(微分積分とか文法がどうとかいい国作ろうとかマジどうでもいいし!)。
アイクが指摘しているように、人間を五感のみのバーチャル世界に閉じ込めておくために敢えて左脳中心教育をして、霊性や芸術を開花させる右脳に意識が向かないようにしているのですね。
左脳=有限、右脳=無限、だそうです。
ついでに言ってしまうと、私たちはこの地球を支配している者たちにとっての奴隷なんです。家畜なんです。私たちは本当は働く必要なんてないんです。電気代も水道代もガス代も家賃も何も払う必要なんてないんです。地球に暮らす皆が一生豊かに暮らしていくだけの資源が有り余っているんです。貧富の差、勝ち組・負け組み、セレブだエリートだなんて本当は存在しないんです。にも関わらず、地球の人口の1パーセント程の者たちが、地球の殆どの富を独占し、私たち人間家畜を自分たちのために(競争させ、対立させながら)働かせ、飼っているという構図なんです。
そのことに人々が気付くことが彼らにとって大きな打撃になると言います。でもだからこそ、そこに気付かれないように彼らは3S政策、つまり、スポーツ、セックス、スクリーン(娯楽)というおもちゃを与え、私たちの意識を逸らしているのでしょう。



zeraniumさん、いつも貴重な記事をありがとうございます!





zeraniumのブログ より


あなたが私をどう扱うかがあなたのカルマをつくる

   意識という魂がさらに学んで経験を重ね、霊的存在として進化することを望むならば、新しい肉体を得て生まれ変わることができる。生まれ変わりは魂をさらなる成長に向けて、チャンスを与える有効な手段と思える。それによって魂は以前には逃してしまったチャンスをもう一度手にし、前の人生で作ってしまったカルマのバランスをとったりすることができる。

   長年にわたり何千人という多くの人々が、過去世を思い出す経験をしている。
   そのきっかけはデジャヴと言われる鮮明な夢であったり、理由もなくある場所に引きつけられたり、催眠による退行療法であったりする。過去世の体験は消えることなく、魂という意識に刷り込まれているからだ。その魂の記憶が呼び起こされると、重要な前世での出来事が思いだされ、過去から引き継がれて、現世で解消しつつあるカルマも明らかになる。

   私がこれまでリーディングをしてきた人々のうち、その多くの人々は、霊界にいる家族に対してある疑問を投げかける。それはなぜある出来事が現在の自分に起きているのか、なぜ自分に意地悪をする人がいるのか、というようなことだ。霊からは、自身の前世とのバランスをとる必要があるからだという返答のものが多い。言い換えると、魂という意識がより完全な状態になるように、借りは返さなければならないということだ。次の話は過去のカルマの借りを返すために、複数の魂が同時にに生まれ変わったという驚くべき例である。これは私の心に深く残っているリーディングの一つである。

   何年か前のこと、私はラグナビーチのホテルで集会を開いていたが、そこへある母親たちのグループが来ていた。みんなで自己紹介をし少し瞑想をしたあと、母親グループの1人の女性の後ろに、ウエーブのかかった茶髪の青年が立っているのが私に見えた。その女性に「ボニー、青年がここに来ていますが、あなたの息子さんだと思います。19歳くらいで、銃の絵柄のTシャツを着ていますよ」と言うと、ボニーは涙ぐみながら、隣の女性の手を握りながら言った。「はい、それは私の息子のトビーだと思います」

   私はトビーが死んだ時の衝撃を感じ始めた。
   突然、頭がクラクラして、次の瞬間すべてが真っ暗になった。「息子さんは自動車事故で亡くなったのですか?」と聞くと、ボニーと隣の女性は同時にうなずいた。「彼は今、他のお母さんたちの息子さんたちとも一緒にここに来ていると言っています。彼らは学校の友達で、いつも一緒に過ごしていたそうです。そして銃や、映画『プラトーン』(ベトナム戦争を描いた映画)、それにベトナムに強い興味を持っていたと言っています。そうですか?」 

   するとボニーの両側に座っていたパティーとシャロンが言った。
   「私の息子もベトナムと『プラトーン』に夢中でした」「あの子たちはまるで三銃士のようでした。どこへ行くにも一緒で、戦争の話が好きで、特にベトナムの話に強い関心を持っていました」

   彼女たちが話していると、あとの2人の青年の霊も姿を現した。
   3人とも同年齢のようだった。彼らはいつも一緒にいるのが当然であるかのように、幸せそうに見えた。私は3人の青年に、事故の様子を見せてくれるように頼んだ。その光景はすぐに私の心に送り込まれた。

   黒のジープ・チェロキーの前の座席に3人が座っているのが見えた。
   特にカーブになるとスピードを上げていた。トビーがラジオのボリュームを上げようと笑って頭を下げた。その時、向こうから車が来て、トビーはハンドルにしがみついたが、ジープは道を大きく外れて電柱にぶつかった。車は炎に包まれた。3人の青年は車内に閉じ込められたまま、燃え上がる車の中で亡くなった。

   私はこの光景を説明しながら会場の人々に目をやると、その母親たちは互いに手を握り締めながら慰めあって泣いていた。するとボニーが私に質問した。「あの子たちはなぜあんな死に方を、しかも自動車事故で死ななければならなかったのでしょうか?」と。私は言った。「あなたの息子さんは、ああいうふうに死ななければならなかった、と言っています。それは返す必要のあったカルマの借りだったそうです。もう一方の車(対向車)に乗っていた2人の女の子たちは無傷だった。そうですね?」 彼女たちはうなずいた。私は3人の青年に、返さなければならなかったカルマの借りについて、詳しく説明してくれるように頼んだ。

   「あなた方の息子さんたちは今回の前の人生では、ベトナム戦争で一緒に従軍していたそうです。おそらく1960年代末のことでしょう。さて今は、満月の光景を見せてくれています。なるほど。これは旧正月に起こった出来事です。この3人の兵士たちはベトナムの現地でジープを乗り回し、ベトナム人を探していた、と彼らは言っています。しかも3人とも祝いの酒で酔っ払っていました。

   そして、車を見つけその中に、ベトナム人の夫婦が隠れているのを見つけたので、彼ら3人はジープを飛び降りると、そのベトナム人を罵り悪態をついた。そして彼らが車に向けて銃を撃ち始めると、その車は炎上した。その夫婦は中に閉じ込められたままで。何てことだ! 3人はそこに立ったままで、ベトナム人夫婦が焼け死ぬのを見ているだけだ」

   私が目にした光景すべてを、頭の中で整理するために数分を要した。
   客席の人々は静かに座っていた。その見せられた光景は信じられないほど悲惨なものだった。母親たちは3人とも、息子たちの前世で行なった残忍な行為を聞きながら泣いていた。私は言った。「まさに偶然というものはありません。現世での自動車事故は、対向車に乗っていた2人の女性の責任ではなかったのです。さいわい、彼女たちはかすり傷一つ負わなかったのです」 

   シャロンが質問した。「でも前世で息子たちは最終的にベトナムで死んだのであれば、なぜ現世でもう一度死ななければならなかったのですか? カルマの借りはあの戦争で返したのではないのですか?」 私は答えた。「必ずしもそうではありません」 私は3人の青年の霊に、兵役で召集されたのかをたずねた。「トビーが、3人ともベトナム戦争の志願兵だと言っています。彼らは国のために戦うことに熱意を持っており、入隊して武器を使いこなすことを望んでいました。しかし罪のない人たちを殺すという動機は不純なものでした。しかも不当で残酷な動機でした。それが彼らのカルマの借りなのです」

   すると3人の青年の霊たちは、母親たちに苦しみを与えたことを謝罪した。
   「トビーはこう言っています。僕たちのために泣かないでほしい。僕らは借りを返さなければならなかったんだ。そして今は3人とも自由になっている」と。

   このことがあってから数ヵ月後、(亡くなったトビーの母親)ボニーは、息子たちの自動車事故に巻き込まれた対向車の、2人の女性たちの自宅を訪ねた。その女の子たちは息子たち2人と同じ学校で、クラスメイトだったので知り合いだったのだ。ボニーは痛みが完全に癒されるための最後の行為として、こうする必要があると感じていた。

   2人の女の子たちの母親であるミッシー・ホームズさんが玄関ドアを開けてくれ、ボニーは自分の訪問を快く受け容れてくれたことにお礼を述べた。2人の母親はあの事故についてしばらく語り合った。ボニーが私のリーディングのことと、青年たちがベトナムに夢中であったことについて話すと、ミッシーは貴重な情報を提供してくれた。

   「あなたの息子さんが、ベトナムに強い興味を持たれていたというのは奇遇ですね。実は私の娘たちもベトナムが大好きで、いつか行ってみたいと言っています。それに彼女たちは2人とも、強迫観念に取り付かれたように火を怖がっているんです。しかも火事に備えて、耐熱ロープを窓の外に用意しているほどなんです。室内に閉じ込められるのをひどく怖れているんです」

   ボニーはそれを聞いて、息子トビーの人生とこの2人の娘さんの人生との関わりをどう説明すればいいかわからなかった。自分の息子が霊界から、彼女たちの火に対する恐怖心を取り除く手伝いができればいいがと願った。自動車事故に巻き込まれた2人の女の子は、あの日ベトナムで焼け死んだ夫婦なのかもしれない。しかし重要なのはあの3人の青年は、自分たちの行なったあの残忍な行為に責任を負っていたということである。つまり、彼らは蒔いた種を刈り取らねばならなかった。

   カルマは罰ではなく、自分の行為と態度のバランスをとる手段として起きてくるものだと心に留めておいてほしい。またそれは同時に、魂を進化させる学びの手段であり、愛の法則に反したすべての行為の結果とバランスを取る手段でもある。私たちは前世から持ち越したネガティブなカルマを取り除くために、たくさんのチャンスを今回の人生で与えられている。そして当然、霊的存在である私たちはこれまでにもさまざまな場所で、数多くの人生を生きてきているということも、私に示されている。

   私はある時、信号待ちで止まっていた時の経験を思い出す。
   前の車に、私が一生忘れることができないバンパーステッカーが貼ってあった。それにはこう書いてあった。「あなたが私をどう扱うかがあなたのカルマをつくり、私があなたにどう対応するかが私のカルマをつくる」 このことわざは私のお気に入りで、この言葉を毎日肝に銘じている。



 Unfinished Business (死者からのアドバイス) 『人生をもっと幸せに生きるために』  ジェームズ・ヴァン・プラグ著 エンジンルーム/河出書房新社



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自分の選択する反応がその後の運命を変える

   ある時、2人の人間が出会う。
   それは避けられない出来事です。しかしその時、出会いにおいてその瞬間、2人が互いにどのような反応をするかというのは、その人たちがどういう人間であるかということに関わってきます。もし彼らにそれぞれ悩みがあって葛藤を抱えていたならば、おそらく互いの反応というのはお互いを避けるという形になるでしょう。

   同じように、女性と男性が出会います。
   出会うことは避けられません。そして互いに惹かれあう。どこかぴったりこない。相性もそれほどいいとも思えない。だけどこの先1人で生きていくのはいやだ。もう若くもない。子供を産むのもリミットかもしれない。きっとこれは宿命の人だ。結婚するべきだと思う。そして結婚し、残りの人生を絶えず喧嘩をしながら一緒に暮らすことになります。

   そこではただ出会うということだけが決まっていたのです。
   別に友だち以上の関係になるかどうかと言うのは、決まっていたわけではない。だけどこれから先、残り時間も少なくなったし、こうした出会いがまたあるとも思えない。そういった駆け引きから行なわれる選択というのは、違う選択になり得るわけです。

   アメリカでとても有名なケースがあります。
   それがO・J・シンプソンのケースです。(この事件は、O・J・シンプソンという黒人で有名なバスケットボール選手が、白人の元妻ニコール・ブラウンと彼女の男性友人ゴールドマンを殺害した事件。彼の自宅で行なわれた殺人は、証拠となる犯行に使用した血染めの彼の手袋などから、彼が2人を殺したことは明白だった。当然、彼は無実を主張して、有名な敏腕弁護士を何人も雇って裁判に臨んだ。誰もがシンプソンの有罪を確信していた。が、しかし、結果は、無罪だった。)

   この事件は完全にカルマでした。
   殺された元妻のニコール・ブラウンとゴールドマンは、ある過去世においてO・J・シンプソンに対して陰謀を行ないました。彼はなぜ有罪にならなかったか。それは今回の事件で、3人のカルマのバランスがとれたからです。ただ、違う結果でバランスを取り戻すことも可能ではありました。この事件は見ていて非常に興味深いものがありました。つまり、カルマ・因果応報がこういう形で結論に達したんだという感じでした。

   奇妙なのはゴールドマンが、O・J・シンプソンの元妻・ニコール・ブラウンの友だちでも何でもなかったということです。彼は単に、彼女が行ったレストランのウエイターだったのです。ただの普通の知り合いに過ぎなかったのに、なぜかたまたま同時に彼ら2人とO・J・シンプソンがそこにいたということです。それが結局、事件の幕引きに関係したのです。

   多くの場合、人生の避けられない出来事は、収縮せずに拡大する形で反応することができれば、どんどん近づいてきては解放されていきます。しかし解放へではなく収縮していくと、その収縮したエネルギーが逆に、避けられない出来事を先延ばしにしてしまいます。でも私たちはある時点で必ず、避けられない出来事に直面することになります。その結果、ほとんどの人が収縮して人生を生きていることから、出来事をどんどん先延ばしにして逃げてしまうことから、最終的に、それらがいっきに全部起こるような体験をすることになります。

   O・J・シンプソンはステロイドという、スポーツ選手が飲む成長ホルモンを飲んでいました。そのステロイドが人の性格を意地悪にするのです。ある時、シンプソン夫妻は友人と一緒に外出していました。その時、奥さんがO・J・シンプソンを怒らせたのです。ステロイドの影響でO・Jの反応はこぶしを握ることでしたが、友人が回りにいることからこぶしをおろしたのです。しかし彼女が、「いいわよ、殴りなさいよ。それでもっと男を感じられるなら殴りなさいよ。何で殴らないの」という感じで追い詰めたのです。また他に人がいるような場で、O・Jに「今日のあなたの着てる服、本当に趣味が悪い」、「何でそんな歩き方をするの」などと、彼女はそういうことをすることで有名だったのです。

   結局、カルマは3人だけのことであって他の人には関係なかったのです。
   しかし興味深いのは、殺されたゴールドマンという男性のお父さんが、新たなカルマをつくることになったのです。O・Jと殺された2人との間のカルマは今回、バランスがとれて終了しました。ですからゴールドマンのお父さんは、ただ息子の死を悼(いた)むことだけが必要だったのです。

   しかしながら、彼は息子の死を手放して解放することができず、O・Jを恨み、追求することで、死んだ息子のエネルギーを生かし続けることになったのです。そこでまた新たなカルマが生まれてしまった。でも、O・Jは別の強盗罪で刑務所に入っていて、当分出て来られないでしょう。だからゴールドマンさんはすごくいい気分なはずで、カルマは終わったと思っているでしょうが、実はそうではないのです。

   そうした避けられない出来事は、それぞれの転生において、あなたが自分自身という存在に目覚めるために設定されているものです。つまりその出来事に対して、あなたがどのような反応をするかによってカルマのバランスがもたらされます。しかし避けられない出来事そのものがバランスをもたらすわけではありません。多くの人は、この出来事が起きたのは前にこんなことがあったからだと考えるのですが、でも実際にはその出来事というのは何があっても必ず起きたのです。

   もしあなたが過去世において、ある出来事に対し非常に酷い反応をしたことがあるとします。次の転生で、あなたの過去の酷い反応に関係した避けられない出来事が起きた時、それはまさにカルマのように見えます。なぜならカルマというのは、未だ解決されていない過去世の葛藤だからです。そして結局、その避けられない出来事というのは、基本的に完全にニュートラルなものです。しかし、その避けられない出来事という状況の中には未知の部分があります。その未知の部分とは、あなたがその出来事にどのような反応をするかということです。それがあなたの自由なのです。


『光のアカシャ』 ゲリー・ボーネル×よしもとばなな 徳間書店

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