空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

自殺

zeraniumのブログより


自殺

 自分の命を絶つ行為は、宇宙の法則に反する行為である。
 それに関して神が審判を下すことは断じてないが、本人はバルドの最初の段階での、神のまばゆい光との融合を逃すことになる。自分の体を殺した、神の「魂の延長」である当人は、肉体にあった時とまったく同じ課題に向き合うことになるのであるが、ただそれが将来の転生のときまで延期されるだけの話である。自殺をしてみても、そのようにして死んだ後でも自分は同じ意識状態にあり、同じ課題を背負った同じ人間である。よって自殺してみたところで、何も変わるものはなく、以前の状況から放免され、解放されるわけではないのである。

「アセンション・マニュアル」 ジョシュア・D・ストーン博士著 ナチュラルスピリット刊


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Q、 自殺行為は霊的進歩の妨げになりますか?
   自殺に追いやられる人は、やはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか?


   妨げになるのはもちろんです。
   まず自殺には例外があることから、順序立てて話を進めますが、その行為へ駆り立てる力はいわゆる精神的異常者、つまり霊的に言えば憑依霊の仕業による場合がありますが、今はこの問題は置いておきます。そうしたケースはごく少数ですが、ほとんどの場合の自殺は逃避行為に過ぎません。つまり当面の義務に取り組むことができず、今自分が考えていること、つまり死んでこの状況から消えることが、その苦しみから逃れる一番ラクな方法だと考えるわけです。

   ところが実際には死んでも、というより死んだはずなのに、相変わらず自分がいる。
   しかも、逃げて来たはずの責任と義務の苦悩と観念が、相変わらず自分につきまとう。そしてその精神的錯乱が黒いオーラを自分の回りに作り出し、それが外部との接触を遮断することになります。そのために外部からの呼びかけを一切拒否する結果、そうした状態のまま何十年も何百年も苦しみの中に留まる者がいます。

   しかしすでに述べましたが、一番大切なのは動機であり、何が動機で自殺したのかということです。つまり自分の思うようにならない事情から逃れるための自殺は、今述べたようにそう思惑どおりにはいかないのです。いずれにせよ、あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けることになります。みんな自分自身の手で自分の人生を書き綴っているからです。そして1度書いたものは書き換えることはできず、ごまかすことはできません。ゆえに自分を処罰するのは、他でもなく自分なのです。

   どのような事態であっても、本人が思っているほど暗いものではありません。
   その気になれば必ず光が見えてきます。そして魂の奥深くに潜んでいる勇気が湧いてきます。その時、あなたはその分だけ魂を開発したのであり、宇宙からの援助のチャンスが増えるでしょう。あなた方には、背負いきれないほどの荷が負わされることは決してありません。なぜならその荷は、自らの悪業がつくり上げたものだからです。

   宇宙の絶対的な法則は、人間がそれまでの人生に犯してき法則違反に対して、きっちりと正確に、その重さと同じだけの荷を背負うように采配します。ということは、自分が作り出した荷であるので、それを取り除くことも可能である道理なはずです。ですから間違ったことをした時のエネルギーを正しく使うならば、それを元通りにすることができるはずなのです。

   確かにノイローゼ気味になって自殺するケースもありますが、そういう事態に至るまでの経過を正直に見てみるならば、やはりスタートの時点において、私が先ほどから言っている”責任からの逃避”の心理が働いているのです。もしもその人が何かにつまづいた時点で、”自分は間違っていた。やり直そう。それでどんな責めを受けても立ち向かう。絶対に逃げない”と覚悟していたなら、不幸をつぼみの小さいうちに摘み取ることができたはずなのです。

   しかし人間というものは窮地に陥るとついさまざまな姑息な手段を取ろうとするものです。それが事態を大きくしてしまい、そこで神経的に参って正常な判断力が失われてしまいます。そしてノイローゼとなり、自分で自分がわからなくなってしまいます。問題はその始まりのスタートの時点の心構えにあったのです。

『古代霊は語る』シルバー・バーチの霊訓より  潮文社


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自殺について

 ひとつだけ例外があります。
 あなた方の言葉でいえば、「意識的な自殺」です。「意識的な自殺」というものは、そのトンネルの向こうに目が眩んで進むことをやめてしまうことです。それは自分の「大いなる自己」が決めたテーマに反することになり、逆行することになります。自殺をすると、自殺の過程でも否定的な想念が残りますが、大体がすぐに、一番最初に始めたときと同じところに戻って、また同じような人生を生きることになります。もちろんすべての死というものは自分自身で選んでいますから、そう言う意味では自殺も同じといえます。しかし普通に死ぬというのはトンネルの向こう側に進んでいくことですが、自殺というのは、そこから逃げて行くことです。

「BASHAR 」 チャネル ダリル・アンカ VOICE新書


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  Q. では、自殺はどうなのですか?

 転生する前に他の魂と交わした契約による死がありますが、自殺行為は契約によるものではありません。相手に愛を知らしめようとして自殺する行為は、それに関わる人に与える痛み以外には何もありません。相手に自分の愛を証明するために、自分の命を絶つことは、愛どころか自分のことしか考えない人のする、精神的虐待になります。

  Q. 自殺行為が、転生前の契約であれば容認できますか?

   自殺にはさまざまなレベルがあり、契約された自殺がないとはいえませんが、ほとんどの自殺行為は、99.99%が契約によるものではありません。

   その人生を苦しすぎると感じ、苦痛から逃れるために自殺した場合は、その人は次の人生でも、また同じように苦痛を味わうことになります。どんなに苦しくても、自分で決めてきた寿命を生きる人生を送らない限り、途中で逃げてきた苦しい人生を何度も繰り返すことになります。つまり次の転生でも、自分を自殺に追いやりたくなるほどの、苦しい出来事の連続になるのです。ですから自殺を考える人は、「また次の人生でも同じような経験を繰り返したいか?」、と自分に聴いてみるといいでしょう。

   もし自殺を考えているとしたら、それは人生に失望しているからでしょう。
   あなたはとても孤独で絶望を感じ、戸惑い、これから先どうしてよいかわからないと思っているのでしょう。でも命を絶ってはいけません。もし自殺を考えている人がいたら、専門家のところに行って助けを求めてください。

   あなたが心から願い求めれば、必ず助けは与えられます。
   その人が熟練している人であれば、何が自殺願望の原因になっているかを探り、適切な医者やカウンセラーを紹介してくれるでしょう。人間として生きている限り、精神的なサポートだけでなく、人に頼り、助けを求めるのは大切なことです。

「こうしてアセンションしよう」 宇宙連合司令官アシュターからの次元変革アドバイス ドクターテリーサイモンズ&アシュタープロジェクト著
 


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*自殺について話されることはありますか?

 自殺は自分自身を殺すことに等しく、霊的には魂の成長の機会を無駄にすることになるので、否定的なことだ。それはまた、試験を欠席してしまうのと同じであるが、今回中断してしまったことは、次の転生で、再び立ち向かわねばならなくなるのだ。


*自殺者は霊的な次元で、どういう運命を辿るのですか?

 一般的には、混乱した状態で、繰り返し自分が命を絶った瞬間を思い出し、近親者の悲しみを自分のことのように感じるものだ。再体験を繰り返すうちに、自分の取った行動がいかに無意味なものであったかを意識するに至る。自覚して後悔し始めた兆しが見えると、彼らには新しい転生が準備される。それほど時間をおかないで生まれ変わることが多く、中断してしまった人生で越えなければならなかった試練と同じものに直面することになる。

「魂の法則」 ヴィンセント・ギリェム著






『ユースケ君』

127 :本当にあった怖い名無し:2006/02/22(水) 17:28:21 ID:3cqZhetn0
僕は自殺しに樹海に入る前に不思議なことが起こり、樹海に入ることなく自宅に帰った。

鬱が酷く、薬と酒とロープと片道切符、少しの金(5kくらい)、普段着で家を出た。
電車に揺られ、『景色が綺麗だ、樹海はどうだろう』とか思いながら。


有名な入り口のあるバス停に行く前に、なんとなく『ばれねーか?』と思ってしまいウロチョロ。
したら、地元民が「あんた、ユースケ君じゃないか?」と聞いてきた。
「違いますよ、観光客です」と言った。
したら、「ああ、ごめんなさいね、泊まるトコあるの」と。
『なんなんだろうこのおばさん』と思った。
「ハイ、ホテル取りますし」
なんか久々に人と(母親クラスのオバサン)と話して楽になった僕は、ついオバサンの誘惑に負けた。
「泊まっていきなさい、今夜は鍋だよ」
・・・鍋なんて何年も食ってなかった。

結構古い佇まいの家に通され、ご家族が居た。
羨ましかったが、『ヤベー僕は此処には要らない人間なのに』と思った。
したら、オジサン(オバサンの旦那)が「良くきたね」と肩に手を置いた。
世間話しながらつい「鬱病で働けない」とか口を滑らせる僕・・・
「○○君、失礼だけど荷物見せてくれないかな」
「!!!!いや、下着だけですよ」とか言って焦った。
したら、お婆さんが写真を持ってきた。
リュックにロープ、本、薬とお菓子が入った写真。
ユースケ君とは其処の息子だった。
まさかこんな近場で死ぬとは思わなかったと言う。
鍋は、ご家族と僕とユースケ君の写真とで、泣きながら食った。
あんな美味い食い物と優しい人が居ることに、自殺願望は遠のいた。


128 :続き:2006/02/22(水) 17:29:04 ID:3cqZhetn0
風呂は薪で焚くタイプのやつ、1番に行かせてくれた。
オジサンが一緒の部屋で寝てた。(実際は一睡もしていなかったらしい)

翌日、「御世話になりました」とその家を出ようとしたら、なんと自宅まで送るという。
「じゃあ警察に行きますから」と言うが、「させてちょうだい」と。
僕は四国に住んでいたから信じられなかったが、本当に送って下さった。
ちょっとした家族旅行みたいで楽しかった。

其処のご家族は、ユースケ君の病状について親に説明してくれた。僕の親は理解が無かったから。
遠いところから送ってきて下さり、借りていた旅費を親が返そうとしたら、
「ユースケに怒られるからいいんですよ」と受け取らない。
しかも、僕の親もユースケ君のご両親も号泣だ。(僕も)

その後入院し、多少楽になった。
ユースケ君のご両親とは未だに家族絡みのお付き合いだよ。
長文スマヌ

みんな、シヌナ。



↑この投稿に寄せられたコメント↓

●良かったな。本当に良かったな。おじさんおばさんの気持ちも少しは救われたと思う。
●あたたかい話だ、泣けた。自分も時折死にたくなるけど、残された家族のことを思うと死ねないね。がんばって生きるよ。  いや、ほどほどに力抜いて生きるよ。
●生きる意味、死ぬ意味、何なんだろね
 カスみたいな人間もいるが、温かい人も実はけっこういるもんだよ
●ユースケくんのご両親が、『負』の方面に行って病んでなくって良かった。。。
 出来れば、第二の両親の様に思い、結婚式とかも呼んであげて欲しい
●読んで号泣してしまった
 友人知人には誰にも言ったことないけど
 私も大昔に鬱で冬の海にカッターを持って向かった事がある
 書いた人の気持ちが痛いほど分かる
 私は家族に引き留められて今がある
 あの時必死で心当たりのある海岸を探して回ってくれた母は昨年癌で他界した
 まだ亡くなるには早い年齢だった
 誰にも命は一つしかない

 

『怖い話まとめブログ』より
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