空色ノート
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カルマ

zeraniumのブログ より


カルマの意味

 マシュー・ワード

   魂の目的はバランスを成就することにある。
   「カルマ」はその条件と状況の取り決めで、それが結果的に魂の多くの転生経験にバランスをもたらすことになる。魂は「コインの裏側」である失われた鎖の輪を補うために、それぞれの転生においてカルマの学習を選ぶ。学習には、非常に受け入れ難く、辛いものがある。楽しいことを選ぶこともできるが、それでは魂はそれ以上には成長できない。

   あなた方が残酷な行為を見てそれを憎み、苦しむ人たちをあわれに思う気持ちは充分わかる。しかしそれはあなた方が、それらの行為を超えた向こう側にあるものを知らないからであるといえる。同性愛は自然なことで、バランスを達成するために必要な経験であると、以前に話したように、他のあらゆる人間的な感情との関係も同じく必要なことである。

   「苦しんでいる」魂は、他の転生において故意に人を傷つけたことのカルマの債務のバランスをとっているのかもしれないし、「苦しめている」魂はかつて「犠牲」であった転生のバランスをとっているのいるのかもしれないからである。


   これが現在のどのような場合でもそうだという訳ではない。
   あなた方の惑星のこの未曾有(みぞう・未だかつてなかったこと)の時に、恐怖と貧困と病気の中に生きている何百万もの人たちは、その状況をつくり出した加害者たちによって、自分が選択した経験を学ぶ機会を奪われているのである。その加害者たちとは、自由意志の濫用で、光から遥か遠くに堕ちてしまったために、自分自身が選んだ学びを完全に無視してしまった人間たちである。

   他人に苦痛を与えることが、関わっているすべての魂たちの生前の合意になければ、その加害者と被害を受けた者の両者によって否定的エネルギーが生まれることになる。バランスのために、どちらもその経験を選ばなかったし、必要ともしていないからである。つまり、あなた方にはそこにカルマが働いているのか、そうではないのかを知ることはできない。だからこそ、誰をも裁くことはできないのである。ただ、苦しんでいる人たちに同情を寄せ、それを引き起こしている状況を厭うべきであろう。


   カルマは魂がバランスを得るための機会であるだけではなく、魂と地球との間の象徴的な関係でもある。地球の小宇宙としての人類は、それぞれのカルマ経験を通して進化することで、彼女(地球)のバランスを増している。そしてこのことが、母なる地球により多くの光を与えてその住民たちを照らしている。そうやってあなた方が、バランスを達成する後押しをしているのである。

   カルマの学習はこの宇宙のどこででもすることができる。
   さまざまな形の生命存在や世界での転生も、創造主に再統合するための成長には欠かせないが、あなた方にとっての地球は、惑星における人類発生から始まるあらゆる感情を経験するための、校舎であるということである。これを習得すると、魂は、知性と霊的な覚醒が、現在の地球人類の能力を超えて、他の生命体に進化して行くことになる。あなた方の「上に」いる神という概念からすれば、知性と霊性は地球に「降りて」きたことがはっきりとわかるであろう。― それは海から始まって、やがて陸に上がって行ったのではないのである。


   感覚を学ぶということでは、感情の範囲はそれぞれに異なってくる。
   魂は、前世で経験したことは、どのようなことであれすべてを埋め合わせる、すなわちバランスをとる必要がある。たとえばあなたが誰かを殺したとすると、あなたの魂は、同じように殺されて終わる転生が必要になるということである。そうやって殺人者と犠牲者の両方の感情を感じる経験ができて、その意味でバランスが成就される。その魂が、殺人者であったことが一度もなければ、殺される犠牲者としての埋め合わせによる経験は必要ないことになる。なぜならその魂の感情領域には、そのような極端なものが存在しないからである。


   今地球で進行中のカルマ経験は、文明社会がそこで生まれる遥か以前から始まっている。この惑星に住んでいた地球外生命体たちは、彼らの細胞に入っている戦争の記憶が、新しい人類に苦悩を負わせるようにはしたくなかった。そもそも新しい人類はそんな残酷なことを経験したこともなければ、また経験する必要もまったくなかったのである。

   しかし、細胞レベルの記憶を消すことができるのは、唯一、創造主だけである。DNAの祖先の記憶を完全に消すことはできないのである。もしそれらの元になる極端な人間の痕跡がわずかでもあると、それらの細胞記憶が地球人類に受け継がれて、その肉体的や精神的な性質の一部になる。しかし、祖先たちの歴史すべてに宇宙での戦争があったわけではないし、その子孫たちが、そのような極端なものを受け継いだわけでもない。


   今、地球上のほとんどの人間たちは、他の宇宙文明から何百万の魂たちが、あなた方の惑星を取り囲んでその生命を守る助けをしていることや、その多くがあなた方の中にいること、ましてや「ET]たちがあなた方の祖先であることなどにまったく気づいていない。キリスト教徒たちは、彼らの「神の子」という概念で言えば、イエスが地球外生命体であるとは思ってもみないであろう。


    「新しい時代への啓示」スザンヌ・ワード著 (株)ナチュラルスピリット


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自分の蒔いたものを刈り取るのが「カルマ」


   何が人生に起ころうとも、たとえば事故で片足を切断したとしても、たとえ小さなことでも、大きなことでも、怒り、落胆し、憤慨する代わりに、こう言ったらどうだろう? 

   「ここから何を学んで癒せるか?」 

   それを素早く通り抜ける「鍵」は、その学びに挑戦し、それから得られる学びに身をゆだねることである。その時、あなたの人生は変わり、その後の人生で、同じ学びを引き寄せることはもうないだろう。

   神があなたを悩ませるために、すべての学びを送っているわけではなく、そもそも「あなた」が自分のために作ったチャンスなのである。「自由意志」の適切な使用か、誤用によって、あなたが意識的、あるいは無意識的に自分の現実を作っているのである。


   動物を虐待したり、傷つけたりするとき、動物のあるがままが、根源的な創造主から、「電子」という同じ材料で創造されていることを否定しているのだ。あなたの体も、机やイス、パソコンも、すべて同じエネルギーから作られている。

   存在するすべてのものが、神のエネルギーで作られ、生きている。
   根本的なエネルギーがみな同じである事を十分理解すれば、生き物を傷つけることは、自分自身を傷つけることと同じであると理解し、そのようなことは絶対に出来ないと気がつくのだ。

   自分自身や何かの生き物に害を与えるとき、それは、あなた自身の創造になるので、その創造に使われたエネルギーが、あなたの周りに、暗い場を発生させる。あなたはいつかその場を、自分で浄化しなければならず、これがカルマとして、あなたの人生に戻って来るものである。


   あなたが生命の一部を傷つけるときはいつでも、何を傷つけるかの問題ではなく、あなたはむしろ、自分自身を傷つけているのである。

   いったん人類がこの原則を理解すれば、人類は分裂した意識から創造するのをやめるようになり、愛による創造を始めるはずである。

   誰もが皆、自分が作り出したものの報いを受けるのである。
   誰一人、神聖な正義の偉大な法則から逃れることは出来ない。本当に、誰も逃げられないのだ ! 誰もがみな一人残らず、 自分で蒔いた種は、自分で刈り取るのである。


   「レムリアの真実「レムリアの叡智」「新しいレムリア」太陽出版  オレリア・ルイーズ・ジョーンズ著
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