空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

目の前に映し出された世界

ここでアイクも言っているように、私たちは経験、環境、人などあらゆるものを自分自身で引き寄せているという。
でも、一体自分の中の何がそれらを引き寄せてるのか分からないということも多い。
私たちは、外の世界が真実の世界だと思い込まされてきているので、どうしても外ばかり見るクセが付いてしまっている。で、外だけを見ていると、物事は偶然起こるようにしか見えない。だから自分の人生に起こることは予測不能で、多くの人は不安を抱えながら(ビクビクしながら)生きている。
でも実際は、外の世界というのは超精巧にできたホログラム(立体映像)の世界だと言う。

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the PLANET from NEBULA

私達は魂の世界に住む住人であり、現実だと思っているこの物質世界こそが”夢”、詰まりはイリュージョンの世界である、と言う事にそろそろ目覚めなくてはいません、とバシャールは話します。ファンタジーのような世界こそが、実際には”現実”で、現実だと思って過してきた場所が、実はイリュージョンであると言われても、最初は何の事だか分からないかもしれません。しかし、私達はそれぞれが共通の次元を共有しながらも、スターウォーズのシーンに出て来るレイア姫のホログラム映像のように、一人一人がホログラムでそれぞれが別の世界に住んでいるのだと、バシャールは話します。詰まり、大勢の人が行き来する駅前でも、実際には貴方だけがそこにいて、他の人達はホログラムのようにして存在していると考えると、分かり易いかもしれません。


ではその映像を映し出している元はどこにあるのかと言うと、私たちの“中”。私たちの中にある思考とか感情・想念というエネルギー。
この事実に私たちはまったく慣れていないので(こんな大事なことを学校も親も教えてくれない。彼らも知らないのだから仕方ないけど)、どうしても目の前に広がるホログラムの方に振り回されがち。でも、どう足掻いてもホログラムはホログラム。映し出された映像に文句を言っても変わらない。。。映画館で映画を観ていて、出ている俳優が気に入らないからと言って、「他の俳優に代えろ!」と叫んだところで変わらないのと一緒。
目の前の映像(外の世界)は、自分がどういうエネルギーを外に向けて送り出しているのかを知るバロメーターということ。だから、映像を変えるには、内側にあるものを変えなければいけない。
まずは自分に何度も何度も耳にタコができるくらい言い聞かせる必要がある。「自分が今経験していると思っている世界は超精巧に作られた立体映像なんだ。その立体映像を映し出しているのは自分の思考・感情なんだ」って。




【Hatsune Miku】 World is Mine / ryo(supercell)【初音ミク】




デーヴィッド・アイク著『ムーンマトリックス ゲームプラン篇③』(ヒカルランド)


我に帰る-------命が尽きた瞬間、毛虫は蝶に!

 鏡に映った姿から無限の認識への自己認識を変えることにより、我々は自らを「真実の振動(トゥルース・バイブレーション)」に開放することができるが、これは単なる知的なエクササイズ以上のものでなければならない。我々は、最も深いレベルでこの認識の変化に「なる」必要がある。
 私は、何年も前から、私の名前、私の身体、鏡に映った姿が自分ではないということを「知的」に知っていた。私は、自分が純粋な根源意識であり、あらゆるところ、全てのものだと知っていた。それでも、その認識には、依然として私から距離があった。認識そのものになっていたのではなく、概念に過ぎなかった。
 2007年の夏以降、その概念に過ぎなかったものから、存在そのものへと自己認識を統合するようになり、デーヴィッド・アイクという人格ではなく無限なる根源意識の観点で世界を見るようになると、巨大な変容が始まった。もちろん、〔完全に移行しきるのではなく〕その二つの状態を行き来し、肉体・心(マインド)の現実の感情的な反応に引きずられることもあるが、その新しい自己認識のポイントをしっかりと握っているほど、肉体・心(マインド)の介入は少なくなる。
 その当時感じたのは、私の内側(非物質宇宙)で生じた力強いエネルギーの変化(シフト)だった。それが、ホログラムの現実にさまざまな形で現われた。人々から嘲笑されたことなど感情的なストレス、プレッシャーにより、長年かけて生成され「デーヴィッド・アイク」に付着して鬱積していた感情の傷や失意を、大量に放出した。すでに忘れたと思っている感情的な記憶が、これほどたくさん蓄積されているとは驚きである。
 非物質宇宙の私の中で起きていたこの浄化・清掃は、解読された世界には、不要なものをすべて捨て去り、何もかもとことん片付けたいという、ほとんど強迫観念に近い願望となって現われた。それが数週間続き、私は内面が外面として投影されているのを理解できた。
 こうした感情面・精神面の障害物・階層を手放すことは、心(マインド)を、より高く根源意識(コンシャスネス)と「真実の振動(トゥルース・バイブレーション)」に開放するためには不可欠である。そうさせないために、苦痛やストレスをもたらす感情的反応やエネルギーを生み出すよう社会が築かれ、操作されている。
 私に多大な感情面のストレスを与え、私を閉鎖するため、非物質宇宙を操作している「共時性(シンクロニシティ)」をもって私のところに人々が送り込まれてきたのを私は知っている。だが、そうした経験は、感情による支配を克服するチャンスでもある。あらゆる困難はチャンスでもある。それに、全てを対極的に見れば、意味があってそうなったわけではないと誰に言えるだろうか?
 自己変容の最も重要な第一歩は、「やりたいことはこれだ」という決定をする(意志を集中させる)ことである。それを実行し、「私は本当の自己を開きたい」、「私は自由を選択する」という意味を込めれば、その意志が「振動の磁力」と私が呼ぶプロセスを通じて、その意志の実現に必要な経験を引き寄せ始める。そうした経験には、どちらかといえば我々が引き寄せたくないような経験が多いが、それで人生がボロボロになり始めても、持ちこたえることが極めて重要である。
 人間であっても、場所であっても、仕事であっても、関係(結び付き)であっても、何でも全てエネルギーである。迷いのない意志は、我々のエネルギー場(非物質宇宙)の振動の状態を変える。そのエネルギー場こそが、我々の「人生経験」を引き寄せ、作り出している。意志と姿勢を変えることでエネルギー場が変わると、それまで引き寄せていたもの(同期していたもの)は引き寄せなくなる
 仕事を変えることになったり、人間関係が終了したり、新しい人間関係が始まったり、引越しをしたりと、従来の生活が崩れ始め、新しい生活へと置き換わっていく。新しい振動の状態が引き寄せる新しい生活である。この移行期間こそが「人生がボロボロになった」と我々が言うときであり、何が起きているのか自覚していなければ、苦痛、狼狽、恐怖を味わうことになる。初めて霊能力者に会い、ペルーに行った後の人生を見てもらえば分かることだ。
 以前のエネルギーの状態が、新しいものに置き換えられる。別のものが入ってくるため、古いものは出て行かなければならない。これを、新しい生活が出現できるように古い生活が崩壊しているのだと解釈するならば、こうした移行にずいぶん楽に対処できる。
 また、「小さな私」の現実の束縛を断ち切るには、五感の心(マインド)ではなく、直感に従うことが重要である。直感で知るということは、我々が「そこに」接続すること(またはその一形態)であり、肉体・心(マインド)よりも、ずっと高い観点、見識ある観点で我々を導こうとする。前に述べた水源地から海への旅のたとえでは、肉体・心(マインド)は川の次の曲がったところまでしか見えていない。
 心(マインド)には、直感で駆り立てられた行動は、狂っているとか、バカバカしいとか、自滅的な行動にしか思えないかも知れないが、直感の知は、本の数ページだけでなく全体をすでに読み終えており、一連の経験の中でなぜそれが必要なのかを理解している。もう一度、1990年に私に起きたことを考えてほしい。自滅しているようにしか思えなかったが、実際には自分を自由にしていたのである。
 もしあなたが、低い振動の操作エネルギー場を清掃・変革するためにここにいるならば、その変革しようとしているエネルギーと同期するために、極めて低い暗黒の境遇に入り込まなければならないこともあるだろう。接続しなければ、影響を与えることもできない。直感はそれを知るだろうが、心(他人の心も)は、あなたの行動を非難するかもしれない。だが、心(マインド)は、あなたの旅を知っているわけではない。知っているのは深いレベルのあなただけである。
 例えば私の旅は、非常に明快だが、経験→学習→伝達の事例である。普通ならば経験したくないことを経験することも、ときどき(私の場合は頻繁に)必要になる。新たに理解し直すことで、その学習内容を伝達できるようになるためである。
 直感は、肉体・心(マインド)とは、まったく異なる方法で人生を見ており、心(マインド)には、狂気・極端でしかないことも、さまざまな出来事が発生するために、また、経験が生み出されるために、必要なことがある。
 自らの意志(目的)を選ぶにも、「本来の共時性(シンクロニシティ)」と「操作された共時性」の違いを見分けるにも、直感は重要である。共時的に思えるが、それは自分が望んだ旅なのか、それとも非物質宇宙で仕組まれた罠なのだろうか?
 意志には善も悪もない。それは単に「私がしたいのはこれ」、「私がしようとしているのはこれ」と宣言するエネルギーである。
 自らの意志と、前もって計画した旅とを同期させ、両方のエネルギー(意志と事前計画した旅の流れ)が一体となって動くようにできるかが課題だ。この連動により、ものごとが非常に順調に発生する人生になる(必要な経験の一部として順調でない経験をするときは除く)。
 実に多くの人々が、自らの意志と旅を、互いに戦わせながら人生を過ごしている。直感のエネルギーの流れが何かをするために別の場所に連れて行こうとしているのに、それとは違うことをしたい(別のものになりたい)と決断してしまう。これはたとえるならば、決して開かないドアをひたすら叩き続け、ますます挫折し、落胆しているようなものである。硬直的な肉体・心(マインド)の「私は○○がしたい」を切り離し、直感、人生の言葉を傾けさえすれば、別のドアが全開状態で待っているというのにである。
 あなたの人生は淀みなく流れているだろうか?
 もしそうでないならば、どうしてだろうか?
 なぜ、あなたは、自分のしたいことをしていないのだろうか?
 あなたがしたい〔と心(マインド)で考えている〕ことは、それをしたくてあなたが〔ここに〕やってきたことと一致しているだろうか?
 これらは全て、心(マインド)から抜け出し、高レベルの認識へと入っていく、総合プロセスの一部である。高レベルの認識は、我々を操られた錯覚から自由にし、個人および集団の自由に最も有効な貢献ができるように導いてくれる。
 それから、我々は自分に起きることに責任を取る必要がある。それは、他の人々が我々にしたこと(素晴らしいこと、そうでないこと、いずれも)の影響を受け取るのとまったく同じである。何もかもが「そうなるようになっている」わけではない。
 良いことも悪いことも、我々は選択をし、結果を受け取っている。我々は、我々のエネルギー場に付着するものを、我々の経験へと引き寄せている。だから、自分に起きたことを他人のせいにするのは良くない。他人のせいにするのは、こう言っているのと同じだ。
 「私には自分の人生を支配する力がない。私の人生は、彼が、彼女が、環境が支配している!」
 我々は自分の経験することを引き寄せている。だから、我々に責任がある。この責任を受け入れると、我々は力を取り戻すことになる。そして、我々自身を変えることにより、好ましくないことを変える力を、潜在的に持っていることを自覚することになる。
 我々のエネルギー場への振動の影響は尽きることがない。占星術的な影響があり、個人の心構えの影響があり、人生に人、場所、経験を引き込むために特定の意味を持った符号化情報がある。我々は何をするためにここにいるのか、何を経験するためにここにいるのか、それ次第だ。だが、最も重要なポイントは、幸運とか不運といったものは、存在しないということである。我々が引き寄せるもの、引き寄せないものがあるだけだ。
 物事に対する依存やものや形といった錯覚から自由になることができるように、全てを失うことが必要なこともある。「自由とは何も失うものがないということ」と歌詞にあるようにだ。
 より素晴らしいところに突破していくのは、往々にして、最悪の暗い境遇にいるときである。こんな諺がある。

     「毛虫は、命が尽きたと思った。その瞬間、蝶になった」

 これから迎える時代には、全ての責任を引き受けることが非常に大事である。そして、夜明け前が最も暗い時間であることを忘れないことも大事である。そして、我々はアーサー・ビッグズとかエセル・コーエンではなく〔名前の付いた肉体・心(マインド)でななく〕、無限の意識であるという、自己認識を堅持していく必要がある。


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Comment

アイクの情報を探していてやってきました。
管理人様ありがとうございます。こちらの記事には、とても救われる思いでした。
2017.02.19 21:27 | URL | はじめ #a2H6GHBU [edit]
Re: タイトルなし
はじめさん、コメントありがとうございます。
私もアイクのこの情報に救われた一人です。
アイク関連の記事は結構載せてるので、よろしければお読みになってくださいね。
2017.02.20 13:00 | URL | yu-mi #- [edit]

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