空色ノート
ニコニコ日和改め、そらいろノートです。気まぐれ更新ですが、よろしくお願いします。 転載などご自由に!(ノ゚∀゚)ノドゥゾ

重なり合う多様な世界・・・現実は一つではない③

よく、亡くなった人のことを「どうしてもあの人が死んだって思えない。どこかでまだ生きてるような気がして仕方ない」って言ってるのを聞くことがありますが(私も経験あり)、それって、その人が亡くなっていないバージョンの世界の波動を感じ取っている、ということもあるのでしょうか?
無数にあるパラレルワールド、無数にある選択肢・・・これが本当なら、この世界は何でもありのカオスな世界ってことになりますね。


the PLANET from NEBULA


私達は誰にコントロールされているのでもありません。私達自身が常に主導権を握っています。貴方には必ず”選択”する自由が隠されており、何事に関しても貴方が選んでいるのです。詰まり、私達はもっと自立して自分で責任を取らなくてはいけないという事をバシャールは話しています。

魂の段階で貴方の親を選び、どんな人生を送ってどんな事を学びたいかというブループリントを自分自身で作成します。そして身体的特徴や死も自分で選びます。突然の事故で肉体が死んでしまっても平行世界で生き続ける事も出来るのです。~する為に~しなくてはいけないという事は決してありません。貴方がしたくなければ”しない”という選択が必ずあります。

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バシャール曰く、私達には全てにおいて”自由なる選択”の機会が与えられていると、説明しています。例えば、”死”も貴方の選択で”生き続ける”のか”死ぬ”かの選択が出来るとバシャールは続けます。どうしようもない不慮の事故で体が消えてしまっても、事故にあっていない自分が住む平行世界で貴方は”生”を続ける選択が出来るという事なのだと、バシャールは言います。

私達の多くは病気や事故等で一度死んで魂になった事がある人が沢山いると、バシャールは話しています。人によっては自分の死を夢で見る事がありますが、殆どの人は”死”の事実を消去して”生”を続ける選択をします。偶然はこの世に存在しないと、バシャールは言います。必ず意味があり、必ず貴方が選ぶ機会が与えられます。







パラノーマルちゃんねるより


●死んだはずの母が…

308名前:本当にあった怖い名無し[sage]投稿日:2007/08/09(木)18:00:26ID:8/9N7bIH0
流れ豚切りすまんです。
このスレなら聞いてくれる人がいそうだから少し私の体験談書いてみます。

中学2年の時転校して来たAちゃんという子と仲良くなって、ほぼ毎日つるんでました。
Aちゃんはお姉さんと父親の父子家庭で、父親はちょっとあっち方面(小指が無い方面)
の人で、Aちゃんちはいっつも怪しげなおっさんが出入りしてました。

それでもAちゃん自身や父親、その怪しげなおっさん達も基本的には明るく面白い人達で、毎日Aちゃんちに行っては麻雀とか子供っぽくない遊び(私らは子供なので金は賭けてません)で盛り上がっていました。
それで帰りも遅い私を私の母は心配していたみたいですが、子供の私はうざく思っていました。

そんなある日見かねた母が車でAちゃんちまで私を迎えに来たんです。
私はAちゃんちの玄関先で母と口論になり、母を追い返しました。
その後の事でした。母が事故を起こして死んだのは。

私は死ぬ程後悔して葬式の間中息つく暇も無い位泣き続けてました。
歳の離れたまだ甘えん坊の弟はずっとおばあちゃんにしがみついて泣き暮れ、姉には「お前のせいで」と責めたてられ、しばらくは生き地獄な毎日でした。

それでも一ヶ月程経つ頃には立ち直り、Aちゃんとも距離を取るようになり、父に男手一つで育てられ、高校卒業後就職、上京を果たしました。
そして20歳頃の事です。

続く

309名前:本当にあった怖い名無し[sage]投稿日:2007/08/09(木)18:01:42ID:8/9N7bIH0
続き

私は通勤中に事故に遭い、しばらく意識不明の重態に陥りました。
意識を取り戻した直後はしばらく軽度の記憶障害(一時的な記憶喪失)を患っていたのですが、それも治ると不思議な事が起こったんです。
母は生きていました。

それどころか母は事故に遭った事もなく、母が死んだと思われていた間、つまり中学2年~今までの母との記憶もあります。

Aちゃんは実在しますが、仲良くなって毎日遊んだ、という事実もありませんでした。(当時の同級生に確認済み)

現在26歳になりますが、今も事故に遭う前の記憶も母と過ごした記憶もどちらも鮮明で、Aちゃんと仲良くなった事と母が死んだ記憶がなんなのか判りません。
この話をしたら皆に気味悪がられました…。

念の為その後脳外科や心療内科にも行ってみましたが原因は不明でした。
あの記憶は一体なんなのか…。それで一時期

「どこかのタイミングで何かの拍子に過去に戻って過去を変えてきた!?」

なんて真剣に考えた事もありますw
まあ現実的に考えて事故った時に発症した記憶障害の名残だとは思うんですが…

一つ不思議な事があるとしたら、Aちゃんと仲良くなってなければ覚えられる筈の無かった麻雀の知識が今でもある事です。

ちなみに、事実として残ってる記憶の方の人生では麻雀に携わった事は殆どありません。

このスレや時間旅行系のスレに何かヒントがあるのかも、と思って書いてみましたが長々とすいませんでした。
読んでくれた方ありがとうございます。



315名前:本当にあった怖い名無し[sage]投稿日:2007/08/09(木)18:45:55ID:8/9N7bIH0
レス下さった方ありがとうございます。

>でもこういう事意外とあるよね。

意外とあるもんなんですか?
5、6歳頃母方の祖父が亡くなった時、火葬場で母と二人で座ってた時の事。
火葬場の休憩所(?)の天井に格子(排気口か何か?)から焼け爛れた人がこっちを見下ろしてて
幼心に

「焼かれた人はあそこに置いておくのかな?」

なんて冷静に考えてた記憶があって、(勿論今考えるとありえないし、思い出すとガクブル)
その時着てた服とかは鮮明に覚えていたから
小さい頃はそういうものが見えてたのかな、なんてふと思って母に話したら、そもそも私を火葬場になんか連れていってない、と言われて
「???」と思った事がるけど、良く考えたらその前後の事は良く覚えてないから小さい頃見た夢と記憶が混同したんだな、って事はあった。

こんな記憶違いなら多少はあるけど本当に小さい頃の事ならまだしも、もう物心ついた中学生以降はあんまりありえないと思うんだけど…

>>312
面白いと言って頂けてありがたいような複雑な心境w実際二つの人生の記憶があるって気持ち悪いっすよ。
パラレルワールドも考えたけど…基本現実主義なんでこんがらがる一方です。

ちなみに覚えてる限り政治や社会情勢なんかはどっちの記憶も全く同じです。
勿論実際にあった事と一致しています。



313:本当にあった怖い名無し:2007/08/14(火)23:51:15ID:9wdt25Rs0
これはすごい…



346:本当にあった怖い名無し:2007/08/20(月)04:00:18ID:lLAziG43O
>>310
おもしろい!
お母さん生きててヨカタ






●阪神大震災で亡くなった同級生が転入してきた。数年後さらに不思議なことが起こる。

7:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:00:39.92ID:1yPxE+mX0
小学生の頃にAちゃんという同級生がいた。

俺は同じクラスになったことないんだが、当時すごく珍しかったピンクのランドセルを学年で唯一背負ってて(俺は今20代後半)

学年に150人くらいいる中で入学式から目立ってる子だったから、かなり早い段階で○組のAちゃんとして有名だった。

Aちゃんが有名だったのはランドセルだけじゃなくてものすごく変わった子だったのもある。

運動神経がすごく良くて、50m走は4年生に匹敵するくらいの速さで走るし入学直後から昇り棒のてっぺんまでスルスルと昇って行ってしまう。

そしてそのてっぺんで空を見上げながらポエムを歌う。でも勉強はできるできない以前の問題で、ピンクのランドセルの中にはいつも教科書は入っておらず、兄弟のゲームの攻略本などを持ってきては

「わたし、○○(キャラ名)が好き~」

とか言いだしたりしていた。らしい。
(同じクラスじゃなかったので友達に聞いた)

字もいつまでたっても上手くならず、3年くらいに見かけた時には鉛筆をクレヨンみたいな持ち方しながら書いていた。

小学校のテストなのに10点などが当たり前だった。今考えると発達障害とかそういうものだったんだと思う。

話し方が全部台本を読みあげてるみたいというか、棒読みな喋り方をする子だった。

男子も女子も関係なく、学年のみんながAちゃんと呼び、「あの子はああいう子」という独特な扱いをしていた。
いじめとかはなかった。

好きになった男子にはストレートに好意を表すので、ちょっと嫌がられることはあったけど。


8:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:02:16.34ID:1yPxE+mX0
4年生の時にAちゃんが転校した。

理由は普通に親の都合で、関東から関西に引っ越すことになったのだ。さすがに

「あいつなんであんな馬鹿なの?」

という冷めた見方が出始めた年頃だったのもあり、Aちゃんの引っ越しを喜ぶ連中もいた。

それからしばらく、Aちゃんはネタキャラになった。A追っかけて引っ越せよ~、とか夜にAがくるぞ~、とか。そんなブーム?も半年せずに消え、Aちゃんは皆の記憶から消えた。

5年生の冬、阪神大震災があった。人生で初めての、テレビがそれ一色に染まる怒涛の報道にみんな子供ながらにこの世の終わりだと興奮してた。

そのまたすぐ後にさらに世間を騒がす最悪の事件。悲しいかな関東の俺たちの中では阪神大震災は遠い記憶になってしまってた。(被災者には申し訳ない。)

数ヵ月後、進級して6年になった俺たちの学年の中である噂が流れた。Aちゃんが、阪神大震災で亡くなったらしい。

そういえば関西に行くって聞いていたし、詳しい地名(神戸)も聞いていたのだがAちゃんの転校当時は神戸がどの辺にあるのかあまり把握してない奴も多くて、震災当時には誰も気がつかなかった。

Aちゃん死亡のソースは俺たちの学年の1組の担任でAちゃんを受け持ったこともある先生だった。

遠い出来事になっていた震災だったけど、顔見知りがそれで亡くなったというのが当時の俺たちにはショックで、あんなにネタにしていたこともちょっと反省した。

それからAちゃんのことについては、学年の誰も口にしなくなった。


9:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:04:18.76ID:1yPxE+mX0
それから俺たちは中学に入学した。

うちの中学は、よくある△△小→△△中という感じでそのまま持ちあがる感じだったので顔ぶれもほとんど変わらず、他の小学校から少数混じってくるのが一部の新顔という構成になる。

そんな奴らとも馴染んできた中2の1学期、△△小の奴らの間でまた噂が流れた。Aちゃんが生きていた、と。
なんでも、AちゃんがB男宅に

「B男くんいますか?」

とたずねてきたんだという。B男は不在だったので母親が対応したらしいのだが、特徴や母の口真似がAちゃんそのものだったらしい。

B男とは、Aちゃんが入学当初から好きだと言っていた相手で、AちゃんはB男にフラれる→C也を好きになる→B男を好きになる→フラれる→D太を…というふうに恋のプラットホームのように好意を抱いてた奴だった。

そいつの所に死んだと言われたAちゃんが現れるというのがなんともホラーだったんだが、元△△小生の奴らは逆に笑ってしまった。

小学生の当時でもAちゃんがB男の家に押し掛けることはさすがになかったし、そもそもB男は、中学に上がったくらいのころに学区内の一軒家に引っ越したんだ。(色々事情があってB男の引っ越しは学年中が知ってた)

B男は中学から私立に行ってしまってほとんど地元にいないので俺たちに忘れられたくないんじゃね?とか適当な話で消えてしまった。

そんな感じで夏休みに入り、2学期が始まると、元△△小の奴らは凍りついた。Aちゃんが2組の転入生として現れた。

同姓同名で、見た目も俺たちと同じように成長した、正真正銘のAちゃん。転校当日は元△△小の奴らが2組に集まってはAちゃんの姿を確認に来た。

なんだよ、生きてたんじゃん!

俺たちのショックはなんだったんだと半分脱力したが、同級生が生きてたというのはまあ普通にいいことなのと、あの時死亡発言した先生も異動してて問い詰める手間をとるほどでもなかったので、俺たちはAちゃんを普通に受け入れた。


10:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:06:36.43ID:1yPxE+mX0
Aちゃんの運動神経・変わった性格はそのままだった。

強いて言うえば昔はきゃぴきゃぴとうるさくて賑やかだったのが少し大人しくなっていたのと、好意をストレートに表すのをやめていたくらい。

その頃モー娘。が流行っていて、ダンスを完コピして、一人で廊下で踊っていたAちゃんが、周りに人が集まり始めたのを見て

「や、やばい。視聴率があがってきた」

と言っていたのをすごく覚えてる。元△△小の奴も、転入によってAちゃんを知った新参組も、中学を卒業するまでの1年半、Aちゃんのことを微笑ましく(ちょっと生ぬるく)見守っていた。

Aちゃんは県立のZ女子に進学が決まった。と記憶している。記憶しているというのは、Z女子校の性質がAちゃんにぴったりだったので、噂で知った時に友達とエライ納得した覚えがあるからだ。

数年経って、俺たちは成人式を迎えた。この成人式に合わせて、△△中の同窓会をしようということになりかなりの人数が集まった。当時の2/3くらいの人数が集まったと思う。

またそこに中学から私立に行ってしまった奴らも合流し、B男と久しぶりの再会となったことから、Aちゃんの話になった。Aちゃんはその同窓会にはいなかった。

B男はAちゃんが転入してくる前のあの訪問は本当だと言い張ったので、誰かがAちゃんに連絡をとろうと言いだした。ところが、誰もAちゃんの連絡先を知らなかった。

連絡先がわからなければ誘えないのは当然なので、もしかしたらAちゃんはこの同窓会自体知らなかったのかもしれない。話の矛先はAちゃんと同じくZ女子に行った女子たちに向かった。

「Aちゃんて今どうしてんの?」

と。そしたらどの女子も「知らない」という。冷たいなーと俺たち男子が責めると、その女子たちは

「Aちゃんはうちの高校じゃなかった」

と口々に言い始めた。


11:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:08:29.18ID:1yPxE+mX0
え?
ちょっとびっくりして聞き返したが、どのZ女子生もAちゃんはZ女子で一度も見かけてないと言った。そもそもAちゃんが同じ高校に来る予定だったことすら初耳だと。

俺と友達が勝手に勘違いしたのかもしれないと思ったが、AちゃんがZ女子に行ったと思ってた奴は、他にも大勢いたので、どっかからそういう認識は広まってたんだと思う。

でも当のZ女子生は全然Aちゃんの卒業後を知らなかった。まさかAちゃん、卒業後に登校拒否にでもなったのか?という話になったところで、中学の新参組だった奴らが口を開いたんだ。

Aちゃんて誰?って。

いやいや、Aちゃんだよ?と確認するがそこにいた新参組のやつ全員がAちゃんの記憶がないと言い始めた。廊下で踊ってた話とか特徴的な口真似をしても全く覚えがないという。

それから同窓会はAちゃんについての討論会になってしまったのだが、俺たちは中3の時Aちゃんが何組にいたのか、何部にいたのか思い出せなくなっていた。

Aちゃんについて覚えてる奴らは、Aちゃん個人の記憶が強すぎて同じクラスだったのか違うクラスだったのかもわからなくなってしまってた。

最終的に、Aちゃんの進路はもういいからどのクラスにいたかだけでも確認しようということになり、誰かが卒業アルバムを持ってくると言いだして家まで走った。

Aちゃんはどこにもいなかった。登校拒否だったやつの写真も途中で病気で亡くなった女子の写真もあるのに、Aちゃんの写真だけはアルバムのどこにもなかった。

さすがに寒気がした。


12:本当にあった怖い名無しsage投稿日:2011/07/29(金)22:11:56.27ID:1yPxE+mX0
確か、あのあと学年いちのムードメーカーが空気を変えようと頑張ってくれた。ぎこちなさを残しつつ、最終的には成人バンザーイと騒いで翌朝に解散した。

俺はしばらくして自分のアルバムをみたけど、同窓会で見たアルバムと同じようにAちゃんの姿はなかった。小学校のアルバムにもAちゃんはいない。関西にいたんだから当然だ。

だが、Aちゃんは確かにいた。転校して、中学の真ん中辺で戻ってきたはずなんだ。

「や、やばい」のくだりは当時俺たちの中で流行って、家族にも話したくらいだ。俺の妹もその話を覚えていたんだ。

なのにAちゃんがいたという痕跡がなぜかない。同窓会の後、俺は大学だ就職だでほとんど中学時代の奴らと連絡はとってない。

連絡とってる数少ない奴らとのあいだにもAちゃんの話は出ないし、他の奴らの間でもタブーになっているみたいだといつだか聞いた。

あの同窓会から5年以上も経っている。すっかり忘れてしまっていたが、Aちゃんについてはまだ誰も口を開いていないんだろうか。

急に思い出して書いてみたけど、以上です。

長文で申し訳ない。
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