空色ノート
人類が偽りの世界(マトリックス)から解放されるためにブログを綴っています。同じ目的意識を持った皆さま、どうぞご協力お願いいたします。

この世界は過去、現在、未来が交差する「パラレルワールド」!

以前、『別の過去に変わる』という記事で取り上げた、理論物理学者の保江邦夫教授。

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と、アマチュア天文家で臨死・死亡体験者の木内鶴彦さんという方が対談本を出したらしいのですが、その一部分を掲載しているブログがあったので、こちらでも掲載させていただくことにしました。
内容がめっちゃくちゃ面白かったので!もちろんパラレル関連。
木内さんが死亡体験をしたとき、江戸時代の日本に意識がいったらしいのですが、そこで木内さんはちょっとしたイタズラをしてきて、で、その後に起こった展開がもう本当に面白かった!やっぱりパラレルワールドってあるんだぁ、バシャールは嘘つきでも詐欺師でもないんだぁって思いましたネ(笑)
私自身、パラレルワールドを知って以来、意識がグーンと広がった気がします。
パラレルを知る前の自分とパラレルを知った後の自分が別人・・って言ったら大袈裟かも知れないけれど、でも、そんな気さえする今日この頃。


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zeraniumのブログより



保江邦夫  藤田(一照)さんから、ご自身がなぜお坊さんになったかというお話を聞きました。彼はすごく優秀で、東大の大学院まで行って、修士になるとすぐに心理学の助手になりました。そのご褒美に1、2年アメリカに留学させてもらい、新進気鋭の東大の心理学者ということで、アメリカのいろいろな学会に出て活躍していました。ですが、他の学者から足を引っ張られる。もちろん日本人の学者も足を引っ張るし、アメリカ人も、ほかの国の人も足を引っ張る。表面上は味方のようなことを言っておきながら、いざとなったら陰でおとしめるようなことを平気でやる。

   そういう学問の世界が嫌になって、藤田さんはアメリカにいながら東大に辞表を出しました。「心理学に限らず、学問の世界は汚い。やめます」、と言ってスパッとやめました。そして気持ちをよくしなければいけないと思い、アメリカで見つけた禅寺に入門しました。もちろん他に日本人もおられたけれども、アメリカの禅寺で修行して、得度し、ちゃんと名前も頂戴したそうです。

   そのうちに藤田さんは、アメリカでたまたま「東大大好き」の日本人の大金持ちと出会いました。藤田さんは彼に気に入られて、「俺の家が鎌倉にあるが、私はしょっちゅうアメリカに来ているので留守が心配だ。もし留守番として鎌倉の家に住んでくれるなら、生活費も全部出すし、家も自由に使ってくれてかまわない」と言われました。藤田さんはいい話だと思い、日本に戻って鎌倉の大金持ちの家に住むことにしました。藤田さんは早稲田大学と筑波大学の非常勤講師もしています。古巣の東大には一度辞表を出したのでにらまれているということですが、そのうち東大にも戻られると思います。

   私はその鎌倉の家に行ったことはありませんが、豪邸だそうです。
   彼は「自分がどういう人間か」というお話をして、「もっとすごい話がある」と言うのです。そして彼が鎌倉の豪邸に留守番として住み始めて、しばらくたった頃の出来事を話してくれました。ここからは藤田さんから聞いた言葉をそのまま伝えます。私が言ったわけではないので間違えないでください。

   すごい豪邸を預かっていたら、藤田さんいわく、ある日「何か浮浪者みたいなやつ」が訪ねてきて、その豪邸の一部を会合の場として貸してくれと言う。普通の留守番なら、あるいは普通の坊さんならそれを断っていただろうけども、藤田さんは、その人をうさん臭いけれども、何か憎めない、何か違うと思い、その日の夕方からそこを貸すことをオーケーし、さらに会合に人を集めるのにも協力しました。「近所の人にも、自分のネットワークの人にも声をかけてあげましょう」と、なぜか自分で言ってしまったそうです。実はそこへ「場所を貸してください」と言ってきた浮浪者のような、しかし何か憎めない人物が、木内鶴彦さんだったのです。(笑)

   その日の夕方から会合が持たれましたが、藤田さんは会場を提供するだけなので出る必要はなかったのですが、留守番としてのプロ根性で、最後まで会場で木内さんの話を聞いていました。聞いているうちに吸い込まれて、彼いわく「その日の聴衆の中で自分が最もよく聞いて、最もよく信じた」と。その時の木内さんのお話の内容を藤田さんから聞いた私は、それを今度は次ぎに出会う人みなに語りました。しかも私はまだ木内さんに会ったこともないのに、まるで木内さんの懇意であるかのように、「木内さんってすごいんだよ。こんな凄い人が世の中にはいるんだよ」、と会う人、会う人に言いまくりました。そして今日、初めてお会いしました (笑)。  

   ご存知の方も多いと思いますが、木内さんは臨死体験だけでなく、何度かの死亡体験まで経験していて、30分以上亡くなっていてちゃんと死亡診断書まであるのです。これは藤田さんから聞いた話ですが、木内さんは死亡体験の中で、起き上がってみたらそばに何かあって、それが自分の身体だと気がついた。木内さんはそのうちお迎えが来るだろうと思ったけれども、なかなか来ない。

   そのうちふと、最後にあの友だちに会っておけばよかったな、残念だなと思った瞬間、何とその友人のいるあたりに自分の視野があり、友人は元気そうにやっている。声をかけても相手にはわからず、ともかく安心し、そろそろお迎えが来そうだし、その時に身体のそばにいないと、天国に連れて行ってもらえないかもしれないと心配になり、木内さんはまた病室に戻る。それはやってみると簡単だったそうです。それで「あ、これ簡単なんだ」と思い、木内さんは本来天文学をされる科学者ですから興味が湧き、まだお迎えも来ないようだし、もうちょっと遠くまで行けるのではないか、せっかくだからこの状況を楽しんでみようと思いました。

   私なら、皇居の中とか(笑)、ホワイトハウスの大統領執務室に行く程度ですが、木内さんはずっと疑問に思っていた「ピラミッドをどうやって造ったかを知りたい」と思ったのです。すると何と、ピラミッドの建築現場に来ている。(略) そうだったのか、こうやってピラミッドは造られたのかと長年の疑問が晴れた木内さんは、もうそろそろお迎えが来るだろう、病室に戻らないと俺は天国に行けない、ヤバイ、帰ろうと思いました。その場所がどこだったかはうろ覚えですが、とにかく日本の、ご自分が亡くなった病院の一室を思い描きました。

   ところが、一発で帰れなかった。
   何か日本的な感じの場所には着いたのですが、見ると、人々が「ちょんまげ」を結っている。明らかにそこは江戸時代でした。木内さんがいる場所は、どこかおの寺を建立している最中の工事現場のようで、大工さんがキセルでタバコを吸いながら一服していました。藤田さんから聞いた話では、その時に木内さんはちょっと遊びごころを出した。俺はもう天国に行ってしまうのだから、せめて俺がいたという証拠を残そうと思い、その辺に置いてあった材木に「木内」と何かアルファベット的なサインを書きました。そして再び病室を思い描いたら、今度はちゃんと病室に戻れました。

   しかし病室で待っていてもまだお迎えは来ない。
   そこで木内さんは、過去にも行けたのだから、ひょっとすると未来にも行けるのではないかと思い試してみた。すると行くには行けたのだけれど、藤田さんが私に語ったところでは、その未来は二重写しのようになっていたのです。それは2つの状況が重なり合っており、一方は生き物がまったくいない荒涼とした悲惨な世界。片や緑に溢れた場所で子どもたちがキャッ、キャッと楽しそうに遊んでいる。その2つの場面が二重写しになっている。

   木内さんは、「エーッ、何で?」といぶかしんでいると、ヒュヒュヒュッと病室に戻され、ああ、お迎えが来たのか、もう観念しなきゃいけないと思ったとたん、何と横たわっている自分の体に戻っていました。木内さんが「フンギャーッ」と起きたら、周りの人はみんな「エーッ」とそれはそれは驚いた。それはそうです。30分以上も死んでいたはずの体が動いて起き上がったのですから。

江戸時代に行って残してきたサインを、高知のお寺で発見!!

   その死亡体験からしばらくたって、木内さんは天文学のほうにも復帰され、四国の高知県高知市で開かれた学会に参加しました。しかし木内さんが高知に行かれたのはその時が初めてでした。会場と宿舎の間のどこかの町並みを学会仲間の人と2人で歩いていると、あるお寺の前を通りかかった。木内さんは「あれ? ここには来たことがある」と思いました。何か気になって、一度は通り過ぎたそのお寺に行ってみました。お寺の本堂の形を見ると、死亡体験時にたまたま江戸時代に行ったときの、大工さんが建立していたあのお寺ではないかと思われる。

   それならどこかに自分がサインした板があるはずだと思い、木内さんはそこのご住職に「ここのお寺のどこかの板に梵語(ぼんご)のようなグニュグニュした、何か変な文字が残っていませんか?」と尋ねました。それを聞いてご住職は、「えっ! 何であんた、それを知っているの?」と驚いた。実はそういうものが実際にあって、そのことはそこの檀家の方々でも、昔からの檀家の方しか知らない事実なのだそうです。その場に連れて行かれて木内さんご本人がそれを見ると、果たしてあの死亡体験のときご自分がサインしてきたものだったそうです。藤田さんが私にそう語ってくれました。(笑)

   しかもご住職は、実はこのお寺が建立されたときに、「不思議なことが起きた」という話が巻物で伝えられていると言うのです。その言い伝えとは、職人が一服して休憩していたら、置いてあった材木になぜか勝手にバーッと梵語が出て来たというものでした。当時はアルファベットなんかわからない時代ですから、当然、当時の人は木内さんのサインを梵語だと思う。これはすごい、お釈迦様のお力に違いないということになって、その話を最初の住職が巻物にして残した。それがずっと伝わっているということでした。

   木内さんはそれまで、ピラミッドに行ったり、江戸時代に行ったり、未来に行ったりし、自分が死んでいた30分間の間に体験したことは事実なのか、それとも熱にうかされた脳が勝手につくり上げた妄想、イメージなのかと、科学者として判断できなかったのですが、自分が江戸時代に行ったときに書いたサインが残っている高知のお寺へ行った時、あの体験は全部事実だったのだと悟られたのでした。


          book 『あの世飛行士』 木内鶴彦×保江邦夫  ヒカルランド

                           抜粋






↓以前にも掲載しましたが、保江先生の出版記念講演会の動画。
1時間48分くらいからパラレルワールド(先生は違う言葉を使ってる)についてお話ししています。
この世界には、時空の裂け目がいくつもあるというから驚き!(*_*;)


予定調和から連鎖調和へ 出版記念講演会 保江邦夫さん (改訂版)

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