空色ノート
人類が偽りの世界(マトリックス)から解放されるためにブログを綴っています。同じ目的意識を持った皆さま、どうぞご協力お願いいたします。

プラネタリウムの世界

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人類はずっとプラネタリウムの中を「リアルな世界」だと思い込まされて生きてきたようなもの。人工の空を「あれが空だよ」って教え込まれて生きてきた。
そうやって何千年に渡り騙され続けてきた。誰もそれを疑わず、プラネタリウムの中で作られた法則、規律、規則にただただ従順に生きてきた。今もね。
「ここは人工の世界だ。あなたたちは騙されているんだ。あなたたちは自由とは何かを分かっていない」って、「外」から忠告しにやって来てくれる人はこの数千年の間、たくさんいたんだ。でも、殆どの人間はその親切な人たちを嘲笑し、石を投げ、いじめてきたんだ。または、崇拝対象として奉ってしまったんだ。まったく、何て愚かなことだろう。
外から来た人たちは、崇拝されることなど望んではいない。自分の誕生日とされる日に、無駄な消費をして、ケーキやご馳走やシャンパンでドンチャン騒ぎをして欲しいなんて思っていない。彼らはただ気付いて欲しいと思ってるだけ。人間たちに真の大人になって欲しいと思ってるだけ。自由を知って欲しいだけ。
なのに人類はいつまでたっても変わらない。変わろうとしない。知ろうとしない。いつまでたってもプラネタリウムの中を「リアルな世界」と思い込み、安穏と生きているんだ。

無題

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ねえ、いいの?本当にこれでいいの?
ねえ、ねえ!



『ハイジャックされた地球を99%の人が知らない・上』 デービッド・アイク著(ヒカルランド)

 私たちの見ている「現実」はニセもので、本物とはまったく違う。私たちが見ている宇宙は不毛で生命がないように見えるが、これは、私たちが孤立した存在だと思わせるためにデザインされ、操作されたホログラム映像だ。この孤立感こそは、レプティリアン同盟が自らの支配を最大化するうえで必要なものなのだ。
 実際の宇宙は驚くほどの美しさと多彩さが満ちあふれているのだが、私たちはそこから疎外されている。テクノロジーと「宇宙旅行」に限界があるように見えるのも、あらかじめ「映像」に埋め込まれているからで、そうやって私たちの孤立感を維持しているのだ。この作られた現実の向こうへ旅するのにテクノロジーは必要ない。ただ<意識(コンシャスネス)>を使えばいいのだ。
≪略≫
 私は子どもの頃、ある経験をした。それは(今なら非常に深い意味を持つとわかるのだが)ロンドン・プラネタリウムに行ったときのことだ。ずいぶん前だから、ロンドンまでは蒸気機関車だったと思う。旅行は最初から奇妙なものだった。当時の私たちはまったく食うや食わずの状態だったのに、ある週末、急に父が「ロンドンへ行くぞ」と言いだした。それまで一度もなかったことだ。金銭的な余裕はなかったはずだが、まもなく一家で駅に向かうことになった。たぶん完成したばかりだったからだろう。1958年の開業だから私たちが訪れたのはそれから間もなくだったと思う。私は「プラネタリウム」というものを知らなかったし、なにを期待していいかもわからなかったが、照明が消え、大きなドーム状の天井に夜空が現われると、たちまち圧倒されてしまった。真昼なのに夜空を見ている!「本物」ではない、本物のように“見えた”。これは私にとって、深い意味のある、忘れられない瞬間だった。それ以来、空を見るたびに、私たちが見ているのは思っているような広大で無限の宇宙ではなく、一種の「投影」ではないのかという思いが心をよぎるようになった。そして数年前、田舎の小さなカフェの外に座って広大なドームのような空を見上げながら、自分たちは一種の「泡」の中に住んでいるのだと思うようになった。近年は、それが事実だということが、日に日に明らかになってきている。私たちは、私たちをニセの現実に取り込むためにデザインされたホログラム映像を見ているのだ。
 それ以後で、このテーマが強烈に感じられたのは、ジム・キャリー主演の映画『トゥルーマン・ショー』を見たときだった。実際に映画をDVDで見たのは封切りから10年以上経ってからだったが、その「あらすじ」を見たときには、思わず笑ってしまった。キャリーの演じる主人公は、ホームドラマの撮影所で生まれ、すべてが現実だと思わされて成長する。自分では海辺の町で暮らしていると思っているが、それはすべてセットだ。毎日昇っては沈む太陽も映像で、生活のあらゆる瞬間が撮影されているのに、本人はまったくなにも知らない。しかし、町を離れようとするたびに必ずなにかが起きて行けなくなるので、少しずづ疑問を持ちはじめる。映画の最後で、主人公は、それまで海だと思っていたところを横切って外へ出て行こうとするが、たどり着いたのは、全人生を過ごしてきた巨大ドームの壁だった。そしてようやくドアを見つけると、ついに「本当の」世界に歩みだす。これは、人類が今やるべきことを見事に表わしている。私たちは、象徴的な「ドア」を見つけなければならないのだ。
 この映画でなにより笑えたのは、番組全体が、月とそっくりの姿をした指令センターから動かされていたことだ。私はこの映画を見た時点で、すでに、月が見かけ通りのものではないことを知っていた。月は「自然の」天体ではなく、地球上の生命体に根本的な影響を与えて支配するための指令センターなのだ。もちろん、空に見えるもののなかには「本物」もたくさんあるし、ヴァーチャルリアリティ「ゲーム」も一部は本物だ。しかし、私たちはホログラムの次元で操作されているので、元のゲームにはない映像が見えたり、逆に、あるものが見えなかったりしている。多くの惑星は、「死んでいる」ように見えるが、本当は違う。こうしたことのすべてが、周波数をブロックすることで支えられている。周波数によるフェンスがあって、さらに大きな現実から、マトリックスと人間の知覚を遮断しているのだ。
≪略≫
この閉じたループを打ち破るためには、この本で述べているような認識を持ち、マトリックスの周波数を超えた<意識(コンシャスネス)>に精神(マインド)を開くことだ。私たちの現実を支配している土星-月マトリックスの力は、私たちが精神(マインド)と心(ハート)を開いて<意識(コンシャスネス)>を呼び込んでいけば、どんどん希薄になっていく。<コントロールシステム>は、こういう理由から「真の振動」を恐れている。だからこそ、あらゆる手段で恐怖と混沌と混乱を生じさせ、それを通して私たちを振動の箱の中に捕らえておこうとしているのだ。


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トゥルーマンショー
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