空色ノート
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爬虫類脳を知っていれば爬虫類脳から自由になれる

zeraniumのブログより



ムーンマトリックス 「覚醒篇⑦」 デービッド・アイク著 ヒカルランド

アイク


我々は「爬虫類脳」に従って生きる必要はない


   爬虫類脳の引き起こすものに「対立と競争」があり、いずれも少数が多数を支配するために不可欠な「分断と支配」を生み出す。戦争とは、国民の爬虫類脳の反応を刺激することで工作される。つまり、我々の「生き残り」のコードを作動させるような状況や悪役、敵が首尾よく供給されるのだ。それがオサマ・ビンラディンやサダム・フセインであり、イランやリビアや北朝鮮であり、捏造されたテロとの戦いや気候変動、経済恐慌、伝染病の危機などである。生き残りに不安を感じ、恐怖に取り憑かれた人々は、爬虫類脳と蜂の巣心理に支配されるようになり、「敵」から守って欲しいと、政府や軍などの支配システム全般を支持し、受け入れ、さらに対策を要望するようになる。

   すべての戦争は、爬虫類脳の引き起こす「対立と競争」によって戦われている。
   それは殺すか殺されるか、敵か見方かの状況であり、征服するための戦争は爬虫類脳の反応である。爬虫類脳の特徴をもう一度思い出してほしい。それは攻撃的で冷血、儀式的な行動、支配欲、権力欲、所有欲、縄張り意識と、強いものが正義であり、社会的な階層意識、そして「原始的な感情反応」である。思い出してほしいのだが、アメリカやイスラエルの軍が、バグダードやガザの空から、無実の多くの人々を無差別爆撃したとき、それを実行したり支持した人々は、それをどのように正当化しただろうか?

   「サダム・フセインは我々に脅威となる大量破壊兵器を保有している」、「パレスチナのテロリストは、イスラエルの生き残りにとって脅威となっている」などと言われた。誰にも危害を加えない子供たちを冷酷に殺害できるのは、まさに冷酷な爬虫類脳の性質であり、その他の筆舌に尽くせない「戦争行為」もそうである。しかも「敵」を殺すだけでは十分ではなく、苦しめ、手足を切断し、あるはずのない慈悲を乞わせて叫ばせるのだ。

   戦争は、爬虫類脳によって布告され、爬虫類脳によって戦闘が行なわれ、爬虫類脳によって正当化される。つまり爬虫類脳とは、戦争するために必要な資質がすべてセットになった装置なのである。また変質者や連続殺人鬼、強姦魔、小児虐待者の資質を管理するメカニズムでもある。こうした性質と資質を途方もない規模で備えているのが、爬虫類人の遺伝子が優勢な彼らの子孫たちであり、ハイブリッドの血筋である。

   小児性愛者が子供と性行為をしている最中に、彼らに憑依している存在は子供の生命力を基底チャクラから吸い取っている。変質者や連続殺人鬼、強姦魔の犠牲になった人々は、極度の恐怖状態を生み出し、その低い振動エネルギーを、彼らに憑依している爬虫類人が餌にしている。こうした彼らのような病的な連中が、実行前にわざとしばらく犠牲者を監禁して、より強い恐怖心を生み出させるために極度の不安状態に置く理由はそこにある。悪魔崇拝の儀式において、犠牲者に「生け贄になる」ことを前もって知らせたり、恐怖が最大限になるように儀式を長引かせるのも、同じ理由である。

   生き残りとそれに伴う、争いへ向けた爬虫類脳の執着は、戦争にとどまらない。
   それはあらゆる人間のレベルに存在し、権力と支配をかけた対立や社会的地位、財産、影響力を拡大する競争であり、それが錯覚であろうと何であろうと、脅威と思ったものに対する自己防衛に駆り立てられる人々の行動にも見られる。我々は、相互のために協力し助け合うことができるが、爬虫類脳と月の送り出す蜂の巣心理は、競争・勝利・征服を望んでいるのだ。そしてその根底に流れているのは、最強者こそが最適者であるという「生き残り信仰」、つまりサバイバルであり、共食いの世界という認識なのだ。

   誰かが勝つということは、誰かが負けなければならないが、負けるのは決して自分ではないのだ。この1本の棒を必死でよじ登るような競争の結果、一部の者が遥かに多くを所有する一方で、当然、大多数が飢え、必需品さえ不足して苦しむという状況が生まれる。我々人間の本質である根源意識がそんなことをするだろうか? だが覚醒していない翻弄される意識であれば、プログラムされた心と爬虫類脳によってそうなるだろう。勝つことは生き残ることと同義であり、負けることは生き残れないことと同義となった結果、人間は勝敗に夢中になってきた。支配したいと言う欲望は、その対象者が配偶者であれ、子供であれ、あらゆる状況と国家、世界であれ、それらの欲望はすべて爬虫類脳に由来している。

   爬虫類人の子孫であるハイブリッド・イルミナティは、予測不可能な人間や状況を非常に怖れているために、すべての勢力を支配することで結果を確実に把握することに必死である。世界経済もこの手法で支配されており、それはいわゆる「資本主義」の自由競争でさえない「カルテル」で支配されている。市場は、彼らの望む結果を確実に出すように不正に操作されている。なぜなら爬虫類人もその子孫たちも、大部分の人間と同じように、確定しない流動的な状況に不安を感じるからだ。つまり、蜂の巣心理につながっているという点においては同じなのだ。ただ彼ら爬虫類人の場合は、その程度がより極端なだけであり、もっとたくさんの「もの」を欲しがることや、なんでも過剰に欲しがることも、爬虫類脳の特徴である。

   フランス人の人類学者クロテール・ラパイユは、『ロサンゼルス・タイムズ』に爬虫類脳の貪欲さを浮き彫りにした記事を書いた。「もっと派手な生活を――恥知らずな過剰が南カリフォルニアの生活スタイルになった経緯」という見出しに、こう書いている。

   「過剰にものを確保する欲望は、爬虫類脳に由来している。(略)
   爬虫類脳は、できるだけ多くの食べ物を確保したがる。そして出来るだけ大きく、強くなりたがる。それは生き残りに集中しているからである。知性か、爬虫類脳か、という選択になると、勝つのはいつも爬虫類脳である。この内なるトカゲを満足させると、弊害が発生する。
つまり飽くことのない貪欲により、アメリカ人は20年前と比べ、平均して4キロも太り、過去に例がないほど心臓病と糖尿病にかかりやすくなった。債務を山のように積み上げ、クレジットカードの延滞手数料は、1996年以来3倍に増加し、毎年730万ドルにもなっている。そして狂ったように化石燃料を燃やしている。本来なら欲しくもなく、使うことさえないものまでも、我々は飢えたように求めるのだ。」

   人々が規則正しい生活をしているのは、爬虫類脳と蜂の巣心理が活躍している証拠である。毎週同じ日時にスーパーヘ買い物に行ったり、日によって食べるものを決めていたりする。爬虫類人のハイブリッドと、爬虫類脳と蜂の巣心理は、人間の社会を、時計ばかり眺めては、毎日同じことを延々と繰り返す社会に変えてしまった。そして肉体的な生き残りと、金銭的な生き残りにばかり関心を持ち、もっと欲しい、もっともっと欲しいと追い求めるばかりの社会に変えてしまった。これらはいずれも、爬虫類脳の認識である。
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